デジタルシネマのユニバーサルアクセス

                                デジタルルックラボ 川上 一郎

  本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2013年7月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである

 さて、今月号でとりあげる話題はデジタルシネマのユニバーサルアクセスである。デジタルシネマの配給用パッケージファイルフォーマットの音声トラックファイルには、聴覚障害者用字幕のチャンネルと、視覚障害者用ナレーションのチャンネルが付加されている。この、AES形式音声データを使用して字幕情報を送信する方式は、DTS社製品には搭載されていたが一般的ではなかったために、SMPTE430-10として規格化されたものである。

表1 HIVIチャンネルの割り当て

SMPTE 429-2 DCP

Output

CH

5.1

6.1

7.1

5.1

6.1

7.1

L

1

1

1

1

1

1

R

2

2

2

2

2

2

CH

3

3

3

3

3

3

LFE

4

4

4

4

4

4

Ls

5

5

5

5

5

5

Rs

6

6

6

6

6

6

Lc

 

 

7

 

 

7

Rc

 

 

8

 

 

8

Cs

 

7

 

 

9

 

-

 

8

 

 

10

 

HI

7

9

9

15

15

15

VI-N

8

10

10

16

16

16

 

HI    : Hearing Impaired (聴覚障害者向け字幕)

VI-N  :  Visually Impaired Narrative(視覚障害者向け解説)

 

 この、ユニバーサルアクセス用機器は2010年にラスベガスで開催されたShowWEST2010において第一世代の製品が展示されていた。その後の規格策定を受けて米国での普及が始まり、現在では約500スクリーンがユニバーサルアクセス対応となっている。米国のCaptionfish.comには、最新の上映作品上映スケジュールが記載されており、“World War Z”での字幕表示対応映画館は実に434館となっている。

 この聴覚障害者向け字幕表示システムは、ハーフミラーグラスに字幕を投影するソニー方式、フレキシブルアームがついた字幕表示端末をカップホルダーに差し込んで使用するドレミ方式、そして平行投影LEDプロジェクターによるリアウィンドウ方式がある。

 ソニーのシステムでは、表1に示してるHI/VI-N対応のAES/EBUデジタルオーディオ信号を専用送信機に接続し、2.4GHzの無線でレシーバーにデータを送信する。レシーバーではエンターテインメント・アクセス・グラスを使用するか、補助ナレーションのレシバー使用の選択ができる。エンターテインメント・アクセス・グラスは、ハーフミラーの内側に字幕が表示されるために、使用者は偏光メガネ使用時のような輝度低下を感じることは無い。前述のShoWEST2010で実機を体験したが、スクリーン上の映像とハーフミラーグラスに写される字幕間の違和感は全く無い。

 

 ドレミの“CaptiView”システムは3段の表示部とフレキシブルアームで構成されたユニットを、客席の肘掛け部にあるドリンクホルダーに差し込んで使用する。表示部の位置は、スクリーンの視聴位置に合わせて、最も見やすい位置に自分で調整することになる。ドレミ製のシネマサーバー用アクセスリンクユニットと、他社製シネマサーバー用のアダプターも供給されている。

 

 リアウィンドウ方式は、米国マサチューセッツ州ボストンにある公共放送のWGBHが様々な企業と連携してメディアに対するユニバーサルアクセスの技術開発を行っているNCAM National Center for Accessible Media http://ncam.wgbh.org/ )が開発した技術である。特殊なハーフミラーに、観客席後方の壁面から平行光で投影された字幕を写す方式であるが、筆者も実物を見ていないので観客席の構造的制約に対してどのように対応しているのかが不明である。

 

 前述のCaptionfish.comでの、劇場毎の方式表示は圧倒的にソニー製品であり約300館に導入されており、ドレミ製品が100館、リアウィンドウが20館となっている。日本でも、一部の作品で日本語字幕の特別上映が行われているが、あくまでも画面上に字幕を表示する方式であり、米国で始まっている音声トラックを利用した方式でのユニバーサルアクセス対応の上映館が日本国内でも全面的に普及していただきたい。スクリーンへの字幕表示では、一般観客にとっては不要な情報であることから映画館側も上映スクリーンの選定や、上映時間帯での制約が出てくることになる。

 これに対して、米国で先行しているユニバーサルアクセス方式では、補助字幕表示や補助音声の必要な観客のみが所定の機器を使用すれば良いだけなので映画館側の運用は格段に楽になってくる。また米国では大型作品のユニバーサルアクセス対応は、当然のスタンスとして取り組むことが常識となりつつある。さて、日本では映画配給大手が旗頭となってユニバーサルアクセスに取り組む必要があるが、テレビ局との提携作品などをきっかけにして、このような流れができてくればデジタルシネマ移行のメリットが出てくることになる。

 また、この字幕表示装置は拡張機能としてDCPに同梱できる6カ国語の字幕を個別に表示することにも対応可能であることから、東京都内や国内主要都市での邦画封切り時に、日本に滞在中の外国の観客に対して母国語の字幕表示付きでの上映が可能となる。限られた海外の映画祭出展時にしか海外広報活動の機会が無い現状とはことなり、ネット上で話題となった封切り映画が、日本に滞在している多数の海外関係者に母国語の字幕表示付きで上映できることはマーケティング効果としては計り知れない効果がある。封切り時の観客の反応と併せて、リアルタイムの作品情報が海外に配信されることこそ最大のマーケティングであることは言うまでも無い。

 

巨額の助成金を受けた国際映画祭の開催ばかり目立つクールジャパン推進のかけ声は聞こえてくるが、政府予算の配布先の実態は大手広告業者や外務省・経済産業省の海外事業担当外郭団体の枠組みしか見えてこない。邦画作品のDCP制作費用への助成対象として海外向け字幕作成費用と併せてユニバーサルアクセス対応の制作費用に対する助成金制度を早急に立ち上げて、かつ封切り映画が主要言語の字幕付きで鑑賞できる、かつ常態的にユニバーサルアクセスの作品が上映されている映画館を主要都市に50館以上整備することが、クールジャパンの映像コンテンツの旗頭であるべき邦画の海外展開を推進する手段であると考えている。

 

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