デジタルルックラボ 川上 一郎
本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2013年11月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。
昨年も詳細をお伝えしたリリースウィンドウ(映画公開後からDVD
販売開始までの日数)について米国映画興行館主組合が再度声明を発表し、120 日ルールがなし崩しに崩壊してしまうことに強い懸念を表明している。 表1
は、メジャースタジオの封切り時リリース予告と実際のリリース日数との実態を2011 年と2012 年で比較した表である。2011 年ではスタジオ全体の120
日ルール順守率が50.7%であったのに対して、2012
年度では45.1%にまで下落し、かつ50%以上のリリースウィンドウルールを守ったのは新生メジャースタジオとなったLionsgate とSony
の二社のみである。2011 年には73.3%のリリースウィンドウ順守率であったDisney
に至っては、40%にまで順守率が低下しており、昨年の興行成績不振によるトップ交替の影響がはっきりとうかがえる。
この、映画封切り後からのリリースウィンドウ短縮の背景には2010
年にラスベガスで開催された映画興行関連展示会CinemaCon で映画制作者連盟側が“封切昨年も詳細をお伝えしたリリースウィンドウ(映画公開後からDVD
販売開始までの日数)について米国映画興行館主組合が再度声明を発表し、120 日ルールがなし崩しに崩壊してしまうことに強い懸念を表明している。
表1 は、メジャースタジオの封切り時リリース予告と実際のリリース日数との実態を2011 年と2012 年で比較した表である。2011
年ではスタジオ全体の120 日ルール順守率が50.7%であったのに対して、2012
年度では45.1%にまで下落し、かつ50%以上のリリースウィンドウルールを守ったのは新生メジャースタジオとなったLionsgate とSony
の二社のみである。2011 年には73.3%のリリースウィンドウ順守率であったDisney
に至っては、40%にまで順守率が低下しており、昨年の興行成績不振によるトップ交替の影響がはっきりとうかがえる。
この、映画封切り後からのリリースウィンドウ短縮の背景には2010 年にラスベガスで開催された映画興行関連展示会CinemaCon
で映画制作者連盟側が“封切に飲み物で100 ドルを超える出費となる。映画館にとっては、この封切り映画で週末に満席となることで、粗利益の6
割以上を稼ぎ出す売店売上げが上がるわけで有り、封切り後30 日でのプレミアオンデマンド配信が実施されると、映画館側の分配率が上がった4
週目以降の観客動員に大きく影響してくることは明らかである。
図1 には、メジャースタジオの興行成績別リリース予告と実際のリリース日数との推移を示しているが、リリース予告自体は作品の興行成績とは無関係に60 日から70 日の範囲で推移しており、“映画館に行かなくても、2 ヶ月待てば良いか!”と考える観客層があることは否めない。2012年の集計では、100 億円以上の大ヒット作品で平均予告日数が68 日、平均リリース日数が121 日となっており、24 億円以下の作品でも平均予告日数は65 日、平均リリース日数は120 日となっており大差無い結果である。ただし、50 億から100 億円のヒット作品では実リリース日数が203日と極端に長くなっているが、これは競合作品などの関係からロングラン上映が続いた作品が多かった結果と考えられ、メジャー配給作品では上映館がある内からDVDリリースは行われていない。ただし、独立系プロダクションの作品では封切りと同時にDVD リリースも日常的に行われている。 2000 年のリリース予告日数は平均で100 日あり、実際のリリース日数は約180 日となっている。この時期はレンタルや買い取りのパッケージメディア市場の主役がビデオカセットからDVD ビデオへの移行期であり、郊外型のレンタルビデオ店全盛期でもある。この後の、急速なビデオカセットの衰退とDVD ビデオの普及の影響については、以前の連載記事(2012年6 月号)でハリウッド映画の制作資金回収枠組みであるリクープの実態について紹介しているのでそちらの記事を参考にしていただきたい。ちなみに、一世を風靡したDVD ビデオも2006 年をピークに市場の衰退が始まり、HD 高画質を売り物にしたブルーレイディスクが衰退分をカバーする構図であったのが予想に反してパッケージメディア全体の市場規模縮小となっている。この原因については、デジタル画質の向上に伴うセキュリティー強化が敬遠された、割高感が強い、などの要因が指摘されているが、端的な意見としては、“消費者の欲しているのはコンテンツそのものであり、パッケージでは無い”との見方もある。この論点からすれば、コンテンツの入手先はPC でも、スマホでも、ケーブルテレビ経由のオンデマンドでもかまわないわけで有り、パッケージメディア市場の前途については悲観的な見方が強くなっている。
さて、米国のDVD レンタル業界を席巻しているRedbox 社は、映画作品200 タイトルと人気ドラマ100 タイトルを収納したタワー型レンタルボックスを全米のコンビニエンスストアに展開しており、一泊1 ドルの価格と、返却を忘れると25 ドル上限で買い取り扱いとなる利便性から消費者の支持を得ている。独立系プロダクションの作品は、この200 タイトルにランキングされる可能性は皆無に近いことから上映中の映画館もDVD 販売のビジネスチャンスとして捉えている。同様にメジャー配給の作品もRedbox のランキング200 に入らないとレンタル市場での売上げは激減することになる。
この結果、市場で話題になっている内にDVD リリースを開始したいのが配給元の欲求であり、表2 に示している2012 年度映画興行成績トップ25
作品の上映日数とリリース日数の解析結果でも最短101 日から210 日と作品毎に全く異なる販売戦略となっている。2012 年度興行成績トップの“Marvel‘s
The
Avengers”(ブエナビスタ配給)は、日本映画全盛期の正月興行に匹敵するアメリカンコミックのヒーロー総出演となった娯楽大作であり、4,349スクリーンでのブロックバスター型封切りで、150
日間のロングラン上映を行っている。これに対して、Lionsgate とSummitの共同配給による“トワイライトサガ “は日本円換算292
億円の興行成績でありながら111 日間の興行終了翌日にはDVDリリースを行っている。また、ヒットシリーズである”メン・イン・ブラック3“も、日本円換算で179
億円の興行成績でありながら104 日間で上映を終了し、108 日目にはDVD をリリースしている。この、映画館興行期間とDVD
リリース日程の判断については、ハリウッドメジャースタジオの懐具合そのものを反映しており、各四半期毎の決算状況を見ながら株主に対する明るい話題提供、制作資金を調達した投資ファンドへの配当金を所定の範囲に収めるための複雑な計算などが背景にある。
この、制作資金調達と資金回収の構造については早川書房から出版されている“ビッグ・ピクチャー”(エドワード・J・エプスタイン著、塩谷 紘翻訳)に詳細が記されているので、ハリウッドの映画ビジネスに興味がある方はご一読いただきたい。
さて、米国での映画館の実態について前述の“Avengers”のチケット売上解析を行ってみた。BoxoffceMOJO で公開されている週末興行成績と平日興行成績、スクリーン数から、各スクリーン毎の1 日売上げとして示したのが図2 である。封切り週の週末は1 日当たり日本円換算で238 万円、封切り週の平日でも124 万円の売上げを上げており、映画館へのチケット代金リターン率は約25%であっても売店収入と併せて稼ぎ頭の収入となっている。封切り後4 週目では、週末が1 日当たり46 万8 千円、平日が28 万4 千円となり、十分に利益のでるチケット売上げである。さて封切り後60 日が迫ってくる8 週目では、週末が10 万7 千円、そして平日が9 万7 千円となり、米国の平均チケット価格からして約110 人の観客となり、300 席のスクリーンで4 回興行したとして客席稼働率は、300 席× 4 回÷ 110 人= 10.9%である。映画制作側が画策している封切り後60 日での特別料金でのビデオ配信が始まったとすると、この平日の観客動員に顕著な影響がでると推測され、全米平均での平日客席稼働率が3%程度といわれており、これ以上の平日客席稼働率低下があれば映画館経営そのものが崩壊する危険性は十分にある。封切り後120 日となる第16 週では、週末が1 日当たり6 万1 千6 百円、平日が3 万3 千6 百円にまで低下するが、昨年度全米興行収入第一位の作品だけあって、第22 週まで、ほぼ横ばいのチケット売上げを維持している。なお、ここで紹介した数字は、アメリカンコミックのスーパーヒーロー総出演の“Avengers”ならではの作品であり、9 割を超える作品ではチケット売上げは、はるかに低い金額となり、封切り後1 週間で、平日の昼間は観客数人となってしまうのが映画館経営の厳しい実態である。4,988 スクリーンを展開する全米第2 位の映画興行チェーンであるAMCエンターテインメント社が、昨年に中国のワンダグループに買収されたのも、同社を運営する投資ファンドが投資家への利益配分に自信がなくなったためである。米国の映画興行チェーントップ10 で上位5 社までは毎年おなじみの社名であるが、下位の映画興行チェーンは統廃合を繰り返しており、このリリースウィンドウ短縮の動きと、スタジオ主導のプレミア料金特別配信が始まると米国の映画興行市場に激変が起きるとの危機感がある。
この長年の商慣習である120
日ルールを無視してでも、配給元が直接ネット配信を画策するには、映画制作資金回収の枠組みであるリクープの市場構造が崩壊したことにあるのは言うまでも無い。図3
に示しているように、日本でのパッケージメディア市場も昨年度はブルーレイ出荷数量が若干持ち直したものの、衰退傾向に歯止めを打ったとまでは言いがたい状況である。128
ギガバイトが記録できる新規格と併せて、RGB4:4:4 フルサンプルの高画質映像と高音質サラウンド音源、4K
対応で果敢に新市場を創出する動きが出てくれることを望んでいる次第である。