映画ビジネスの収支バランス

                         デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2012年6月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

さて、映画業界では制作配給経費を回収することをRecoup:リクープと称している。先月号では、映画館での封切り後、作品の話題性があり、市場価値が十分残っているうちに資金回収を行いたいことから、家庭向けDVD/ ブルーレイなどのパッケージメディアの販売を開始するリリースウィンドウの現状について解説した。今月号では、マンハッタンの中心部に立地しているニューヨーク大学レオナルド・スターン経営大学院で使用されている映画配給・興行ビジネスの講義資料“Marketing The Entertainment Industry : Theatrical Distribution & Exhibition : The Ultimate Love/Hate Relationship”を基にして映画配給と映画興行の収支バランスについて解説する。

 なお、この講義資料は2001 年に作成されているために、現状とことなっている部分については個別に補足させていただく。

 

 図1 は、米国内での興行成績ランキングが、その後の二次利用・三次利用市場への展開を加速させていくのかを図式化したモデルである。日本でのハリウッド映画広告宣伝でも、“全米興行収入第一位!”などのキャッチコピーが使用されているが、米国での公開時期の選定と、主要映画館チェーンへの手配が上手くいかなければ、当然のことながらこの称号は得られないこととなる。競合各社の配給スケジュール情報の入手や、公開予定作品とのジャンル競合は是非とも避けたいところから、公開時期未定の作品も生まれてくる。

 この、作品による配給時期の決定は、映画配給のマーケティングで最も重要な意思決定であり、作品の規模と市場性予測に基づいて配給規模が決定される。3,000 本以上の映画プリント配給するサチュレーション(飽和)型公開では、全米主要都市・地方都市のシネコン全てで上映される規模となり、集客力のある大型シネコンでは、複数スクリーンで上映される。拡大公開は2,000 2,999 本の配給となり、全米主要都市や主要地方都市のシネコンで上映される規模である。限定公開は1,000 本未満の配給であり、全米主要都市のみで上映が行われる。プラットホーム型公開は、4本未満の配給であるが、ニューヨークとロサンジェルスに限定して上映し、注目が集まれば拡大公開に踏み切るパターンである。

 プラットホーム型公開の事例としてフランスのVictoires Production Tapioca Films - France 3  Cinéma が制作したコメディ映画“Ameri: 原題Le fabuleuxdestin d'Amélie Poulain” がある。製作費は77 百万フランスフランであるが、米国だけでも3 3 百万ドルの興行収入を上げている。4 スクリーンで始まった上映が、4 週間目には217スクリーンまで拡大上映となり、22 週目まで104 スクリーンを超える上映が続き、31 週目の上映終了時点でも31スクリーンで上映されていた。 また、2001 Greens Street Film LLC による恋愛ドラマの“In the Bedroom”も、4 スクリーンで公開され、4 週目には6 スクリーンの上映であったが、その後58 スクリーン、103 スクリーン、207 スクリーンとスクリーン数が拡大し公開14 週目には1,103スクリーンの上映となっている。その後も順調に上映が続き25 週までのロングランとなった。さらに、© 2001 Revolution Studios Distribution Company LLC and Jerry Bruckheimer, Inc. との共同制作である“Black Hawk Down”は、4 スクリーンで公開され、3 週目に16 スクリーンに拡大上映となり、4 週目には3,101 スクリーンにまでスクリーン数が拡大し、その後8 週間は1,000 スクリーンを超える規模で上映されている。

 このような作品は、数ヶ月にわたってテレビコマーシャルや、全米のスクリーンでの予告編上映は行なっていないわけであるが、作品がひとり歩きを始めてくれる映画である。この一方で、先月ディズニーの映画製作部門のトップが引責辞任に追い込まれた2012 Disney Enterprises, Inc. 250 ミリオンドルの制作費を投入したSF超大作である“John Carter”は、3,749スクリーンでの公開が、4 週目には1,015スクリーンとなり、8 週目で公開打ち切りとなっている。

 ちなみに、リリースウィンドウを巡る論争の発端となったUNIVERSAL STUDIOS 配給の“Tower Heist:邦題ペントハウス” は、製作費75 ミリオンドルであったが、米国内で12 週の上映を行い、興行収入で78 ミリオンドルを上げている。

 さて、表1 は米国における映画配給ビジネスでの収支バランスを示している。続編も製作され人気シリーズとなったDreamWorks LLC の“Shrek”は、映画館営業日の全日程で1 14 回上映となる配給を行なっており、興行収入は267.7 ミリオンドルであった。29 週にわたってロングランを続け、平均のフィルムレンタル料率は53%となっている。

 この、フィルムレンタル料率は2001 年時点では封切り直後の1 週間が70%、第2 週が60%、第3 週が50%、第4 週が40%、第5 週以降は35%と、観客数の減少に合わせて映画館側の取り分が増えていく形態をとっている。なお、2005 年以降は封切り第1 週のレンタル料率を80 85%に引き上げたとも伝えられているが、興行契約を結ぶ映画館の規模や、配給会社との長年に渡る取引の経緯から実際の料率は当事者間のみにしかわからない。

 さてShrek での、配給側収入は興行収入267.7 ミリオンドルの平均レンタル料率53%に相当する141.9 ミリオンドルであり、この収入から3,500 本の映画プリント現像・配給費用5.3 ミリオンドル、広告宣伝経費45 ミリオンドルを加算した50.3 ミリオンドルが配給経費となる。この金額を、レンタル料金として回収した収入から差し引いた金額91.6 ミリオンドルが、この時点での粗利益金額となる。高名な俳優や監督・プロデューサーなどを起用した場合には、この粗利金額からの分配が契約事項として存在する場合もある。この、個別契約の基づく分配金等の処理を終えた利益から制作費用を償却した残りが利益となるわけであり、Shrek の場合には、制作資金60 ミリオンドルに対して、1.53 倍の収益指数となっている。

 また、ハリーポッターの第一作であるWarner  Bros 配給の“ハリーポッターと賢者の石”は、全日10 回興行の形態を取り、6,000 本のフィルム配給を行い、3 週目までは3,672 館:7,344 スクリーンの上映を行い、27 週のロングラン上映を行なっている。ニューヨーク大学の講義資料では、上映中の数字であるが、最終的な数字は興行収入が317.6 ミリオンドル、レンタル料が190.6 ミリオンドルとなり、配給経費を差し引いた金額は121.6 ミリオンドルであったが、製作費が130 ミリオンドルであることから、米国内の興行収入のみでは赤字となっている。米国の映画関連記事(http://www.deadline.com/2010/07/studio-shame-even-harry-potter-picloses-money-because-of-warner-brosphony-baloneyaccounting/)では“Harry Potter and The Order of The Phoenix”の収支バランスが、612 ミリオンドルの映画興行とTV 放映権料を上げたにもかかわらず、配給関連経費を支払うと398 ミリオンドルとなり、プリント費用29 ミリオンドル等の支払い経費206 ミリオンドルとなってしまい、制作費用373 ミリオンドルに対して、167 ミリオンドルの赤字となったことが報じられている。この、報道でも触れられているのが、制作費用315.89 ミリオンドルに加えて、利息支払が57.6 ミリオンドルにも達しており、“製作資金投資ファンドへの還元が高すぎるのでは?”との指摘もされている。

 このことから、米国内での興行収入で制作費を回収できる作品が続かないと、海外配給では、後追いの費用となる現地吹き替え・字幕、広告宣伝、さらには現地国での配給ネットワークへの経費支払などから実質手取りが低下してしまい、最終的には赤字となってしまう傾向が伺える。

 図2 には、成功作品の損益収支モデルが示してあるが、国内配給で50 ミリオンドルを売り上げたとして、レンタル料としての手取りは25 ミリオンドルであり、広告宣伝費・プリント費・その他経費を差し引くと4.4 ミリオンドルの赤字となっている。

 海外配給では、国内配給と異なり、現地配給ネットワークの介在などからレンタル料の手取りは減少し、このモデルでは興行収入50 ミリオンドルに対して22.4 ミリオンドルの手取りとなっている。各国向け広告宣伝費と現地向け字幕や吹き替え版のプリント費用を差し引くと3.5 ミリオンドルの黒字となり、後は数年をかけて国内向けホームビデオ・海外向けホームビデオ等のパッケージメディアの販売、テレビネットワークへの放映権料収入などで利益を積み重ねていく収支モデルとなっている。

 この収支モデルで問題となるのは、2004 年をピークにして、パーケージメディア市場が年率3 割の売上減となっていることである。2004 年までの、映画産業の市場分析では、ハリウッドメジャーの売上構成で65%が二次利用・三次利用の収入であり、この65%の大半がパッケージメディアの売上となっていた。したがって、版権を持っている作品数が多いスタジオほど、日常的にテレビ再放送で入ってくる放映権料が経営基盤となることから、6,000本を超えるワーナーブラザーズに対して、700 本と言われているディスニーエンターテインメントでは200 ミリオンドルの赤字作品の持つ意味は異なってきて、経営者交代にまで事態が深刻化するわけである。

 さて、表2 は米国とメキシコの映画館チェーンの収支比較である。AMC は全米第二位の映画興行チェーンであり、2001 年時点では2,836 スクリーンの運営であるが、2011 年では5,128 スクリーンを運営している。掲載されている数値は、米国の上場企業が米国証券委員会に提出する収支報告書の4K と称されている4 半期毎の報告書を引用していることから39 週経過時点での数値である。チケット売上金額である興行収入は670.5 ミリオンドル、売店収入が268.5 ミリオンドルとなっており、売上構成比率は、それぞれ66.8%、26.8%である。この総売り上げ金額から、仕入れ経費となるフィルムレンタル費と売店仕入れ費用で構成される営業経費は401.1 ミリオンドルであり、601.9 ミリオンドルの粗利益を計上している。この粗利益から、人件費・資産償却・借入金利返済等の諸経費454.4 ミリオンドルを支払った残りが、映画館レベルでのキャッシュフローで147.5 ミリオンドルの利益となり、その他経費を差し引いた税引前利益に相当する利益が122.1 ミリオンドルで、売上に対する利益率は12.2%となっている。

 

 このAMC チェーンの観客数は一億一千八百四十二万五千人であり、39 週でのスクリーン当たり週間観客数は1,071 人となる。スクリーンの平均客席数を200 席として、平日・週末を通じての平均上映回数を4 回とした場合の客席稼働率は19.1%となっている。また、チケット売上に対するレンタル料金利率は54.8%、売店売上に対する仕入れ経費率は12.7%である。この数値を、メキシコの映画館チェーンCinemex と比較するとCinemex はスクリーン数が337 と少ないが、客席稼働率は29.5%、売上りに対する利益率は31.5%となっている。2001年の米国平均チケット価格は5.66 $、メキシコでのチケット価格は2.8 $であり、所得水準から考えるとメキシコのチケットは高価である。その影響か、映画館チェーン全体の売り上げに占める比率は、チケット売り上げが58.4%と、AMC に比べて8%以上低くなっている。ただし、フィルムレンタル料率は40.8%と15%近く低い為に、収支バランスとしては健全であるとも言え、売り上げに対する利益率は31.5%と高い数値となっている。

 さて、表2 の数値は2001 年のデータであるために、AMC エンターテインメント社が米国証券委員会に報告した2011 年度決算資料に基づく経営収支表を表3 に示している。

 配給会社によるフィルムレンタル料率は2007 年から53 %、53 %、53 %、54%、52%と大きな変動は無いが、表2 と同様に平均客席数を200 席、一日当たりの上映回数を4 回とした場合の客席稼働率は2007 年度の16%から2011 年度は13%にまで低下してきている。この数値の実感は、筆者が最近の渡米時に訪問する映画館で感じる客席稼働率とも合致しており、全盛期の国民一人当たり6 回近かった映画鑑賞回数が4 回台にまで減少していること、そして新生児の出生比率が白人新生児の出生比率が50%を切ったとの報道が裏付けるように人種構成比率と、ハリウッド映画のマーケティングミスマッチが数字として出てきているとも考えられる。

 なお、AMC エンターテインメントでは、経営革新の重要課題として映画館内のレストラン・バーラウンジの拡充をあげている。直近の2011 年度の粗利益構成比率でも金額的にはチケット販売による粗利益が810.1 ミリオンドルに対して、売店の粗利益は580.9 ミリオンドルであり、売店の粗利益が42%にも達している。この結果から、年間2 億人近い集客のあるAMC エンターテイメントグループは、自社の映画館内で、いかにしてお金を使ってもらうかとの視点からレストランやバーラウンジの拡充に経営原資を投入することは当然といえる。また、アジア地域でもっとも映画館チェーン同士の生き残り競争が激しい韓国のソウルでは、以前の連載記事でも紹介したファーストクラスのリクライニングチェアを装備したフリードリンク付きプレミアスクリーンや、カップル客の集客に特化したソウルの学生街である新村駅に隣接した映画館のKISS スクリーン(上映後に、カップルの頬にキスマークが付いていると割引鑑賞券がもらえるサービス。本編上映前に、このサービスの説明シネアドが流れて、数分間のKISS タイム暗転時間が用意されている)などのきめ細かなサービスが行われている。

 日本の映画興行でも、プレミアスクリーンの設置、入れ替え無しで“おせんにキャラメル、ワンカップにおつまみ”の場内販売を行う大衆型スクリーンなど多様な経営形態を考える時期にきているのでは考えている。

 さて、今月号で紹介させていただいた全米第二位の映画館チェーンであるAMC エンターテインメント社が5 20 日(現地時間)に、中国のワンダグループに買収されたことを発表した。おおよそ2.6 億ドル(日本円換算で2,080 億円)の買収金額であり、中国の映画興行市場でCFG と激戦を繰り広げているワンダグループは、AMCから経営ノウハウとデジタル化のノウハウを取得することが目的であるとしている。

 AMC の経営と雇用については現状のままとしているが、撮影所を持たないスタジオと称されるドリームワークスのインド資本による経営権取得につづいて、映画館ビジネスにもチャイナマネーが参入したことには興味深いものがある。

 なお、最新の映画興行関連データは、BoxofficeMOJO と、IMDBInternet Movie Data Base)を参照している。

引用資料: http://people.stern.nyu.edu/wgreene/entertainmentandmedia/HeymanMovieIndustry

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