大画面シネマの動向

 

                   デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2015年2月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

 

 

 昨年末の新聞発表で、「シネマサンシャイン池袋」を運営する佐々木興行株式会社が高さ18メートル・幅26メートルのフルスペック相当の600席IMAXシアターを含む「東池袋1丁目新シネマコンプレックスプロジェクト(仮称)」総座席数2,600席12スクリーンの構想が報じられた。このIMAXシアターには、IMAXがコダックから買い取ったレーザー光源特許を使用したBARCO4Kプロジェクターが導入され、次世代IMAXで、かつ視野全体が画面となる巨大スクリーンによる上映が2017年から楽しめることとなる。

 

 欧米の映画興行業界でも、競合映画館との差別化をはかるために、立体音響や4Dライドシート等を含むプレミア大画面システム導入の動きが活発化しており、最新の動向とIMAXの現状について紹介する。

 

図1は、世界の映画興行関連情報サイトであるセルロイドジャンキー (http://celluloidjunkie.com/ Posted by Patrick von Sychowski | October 31, 2014 1:28 am) に掲載された様々なプレミア大画面上映システム例である。情報解析大手のIHSテクノロジーが“The market for Premium Large Format (PLF)  cinema”と題して発刊したレポート(Charlotte Jones著)では実に72ものプライベートブランドプレミア大画面上映システムが最近開発され、IMAXに対抗する新市場を形成しようとしていることが報告されている。

 

 この大画面上映システムは、科学技術関連施設での40〜50分程度のドキュメンタリー作品上映用として存在していた市場(図6Giant Screen参照)ではあるが、2009年以降に既設シネコンのスクリーンを改造する形で“Lie-MAX”(米国の映画ファンサイトではフェイクIMAXとしてこの呼称が定着している。)が大量に出現し、”Avatar“の3D上映で一挙に認知されたことが背景にある。ただしIMAXのライセンス料と、上映料金への加算もあり、中国でのライセンスフリー”巨幕電影“システムに代表されるようなシネコンチェーン独自の大画面上映システム開発が加速した背景がある。

 

 2010年度ではPLFが370スクリーンに対してIMAXが180スクリーンであったのに、2014年前半にはプライベートブランドPLFが374スクリーンに達して、IMAXの360スクリーンを超える普及率となってきている。全世界で1,400スクリーンの大画面上映システム(含むIMAX)の54.3%がプライベートブランドのPLFシステムになっていると報告されており、中国での“巨幕電影”や、中南米での成長が著しくなっており、最近ドルビーが発表した“Dolby Cinema System”等も、この新規市場拡大を睨んだ動きである。

 

 米国の大手興行チェーン第3位であるCinemark社は自社ブランド“XD”仕様のPLFシステム(図4参照)を108スクリーン展開しており、第一位のRegalは“PRX”を76スクリーン(図3参照)、第4位のCarmikeは“Big D”を26スクリーン、そして第二位のAMCは“ETX”を13スクリーンと特別仕様の6スクリーンをすでに展開している。Cinemark社はアルゼンチン、Brazilにも展開している。

また、ロシアでは、RealD社が大画面3D上映システムとしてXLシステムを2台上映対応としたシステムをさらにPLF対応とした“Luxe”の展開を始めている。そして、中国独自開発の大画面上映システムと称している”巨幕電影“のスクリーンを展開している中国巨幕(ChinaFilm Giant Screen CFGS China Film Co.の子会社)はハリウッド映画の大画面上映向け変換および字幕制作、3D変換に関する業務提携をデラックスと締結しており、今後の中国国内”巨幕電影“で、いわば身内であるデラックスが関与することでセキュリティー面での心配無くハリウッド映画の配給を受け入れる体制ができたことになる。デラックスは、3D変換で現在世界最大規模となっているStereoD社を子会社化しており、バーバンクのデラックスデジタルスタジオのセキュリティー完備の環境で中国市場向け大画面変換・字幕・3D変換も一括受託することになる。

 

 ハリウッドの人材を輩出している南カリフォルニア大学フィルムスクールの産学連携施設であるエンターテインメントテクノロジーセンター(http://www.etcentric.org/)のApril 17,2014付けの記事では、ニューヨークタイムスの記事を引用して“IMAXの競合相手出現”とする記事を掲載している。前述の映画興行チェーンによるプライベートブランドPLFが325スクリーンに達しており、31%の興行収入増加で総計237ミリオン$(284億円:1ドル120円換算にて)を売り上げたことを報じており、世界の映画興行市場上位2か国でのPLF市場動向は注目されるところである。

 

また、AMC経営陣のYonge & Dundasはインタビューに答えて、AMCのプライベートPLFである“ETXは、通常のスクリーンに対して最前列とスクリーン間の距離を20%離しており、11チャンネル5.7KWデジタルサラウンド音響システムに加えて4K映像による上映である”と話している。映画館の客席稼働率(客席稼働率=観客動員数÷(上映回数×総座席数))が15〜18%である映画興行の現実の中で、31%の興行収入増加をもたらしたPLFの集客効果は大きなインパクトであることは間違いない。

 

米国の映画興行についてPLFスクリーンが発達した背景について考察を行ってみる。

 

表1〜表4は、米国を主体にした映画館情報サイト:シネマトレジャー(http://cinematreasures.org/)による集計結果である。表1は映画館の総座席数別集計であり、千席未満の映画館が20,357館と米国の映画館の6割を占めている。千席から二千席未満の映画館が6,368館、二千席から三千席未満の映画館が1,302館となり米国の映画館の大半を占めていることになる。表2は、スクリーン数別の映画館数を示しているが、いわゆる単館映画館は29,390館となり、2スクリーン(Twin)が2,676館、3スクリーン(Triplex)が1,360館、4スクリーンのマルチプレックスが1,071館となっており、30スクリーンを超えるメガプレックスが12館となっている。20スクリーン以上の巨大シネコンは193館となっているが、いずれも100店舗以上の巨大ショッピングセンター内に立地するビジネスモデルである。表3は総座席数5,000席以上の巨大シネコンを示しているが、スクリーン構成は16〜30スクリーンとなっている。表4には、3,000席以上の単館映画館を示しているが、ハバナの“TeatroKarl Marx”が6,730席、そしてロサンゼルスの南カリフォルニア大学のキャンバスに隣接する“Shrine Auditorium”が6,308席、旧コダックシアター(現 Dolby Theatre)が3,300席となっている。いずれの大規模単館映画館も常時映画興行を行っているわけではないので、PLFのターゲットとなる映画館では無いといえる。

 

 プライベートブランドPLFスクリーンを設置する必要があるのは、都市部の20スクリーン程度のシネコンで、車社会の米国では駐車場の割引有無を含めたエリア内に競合チェーンの同規模シネコンが存在するか否かであり、これまでの連載でも紹介したAMCチェーンでのダイニング型スクリーンや、プレミアラウンジの展開も含めて都市型シネコンの生き残り戦略の一つとしてPLFの展開が重要な意味を持ってくることになる。平日の客席稼働率が5%を割り込んでいる現状で、集客力の向上や、客単価の改善からもシネコンの旗艦スクリーン(300席以上で15メートル以上のスクリーンを設置し、以前であればTHX認定のロゴが掲示してあるスクリーン)を改装してPLF化していくことが必須となってくる。年末のスターウヲーズ新作公開や、来年に予定されている“AVATAR2”などの大型作品公開スケジュールに併せてプライベートブランドPLFスクリーン新設の動きは加速していくものと推定されている。

 

 さて、初期の70mmフィルムによるIMAXとデジタル化され既設のスクリーンを変換しただけのフェイクIMAXとも言われている”Lie-MAX”との差はどこにあるのであろうか。

 

(画像引用元 http://www.lfexaminer.com/formats.htm

 

図2には、いわゆる横走り1570IMAXフィルム(フィルム走行方向の15パーフォに映像が記録されている)、配給費用低減もあり1070(フィルム走行方向10パーフォに対して横方向に映像が記録されている)や870、570等の配給プリントフォーマットが存在していた。

 

初期のIMAXシアターでは、GTと称される仕様でスクリーン面積4,990sq.ft60.7×82ft)であったが、その後SR仕様ではGTに対して72%の面積となり、MPXではGTに対して50%、そしてIMAX Digitalでは36%にまでスクリーン面積が縮小してきており、さらに既設のシネコン等でIMAXへ改装した最小のIMAXスクリーンでは1,103 sq.ftにまでなっていると大画面映画に関する専門情報サイト LF Examinerは“Shrinking IMAX ScreensPosted 4/22/10 ”と題して報じている。初期のIMAXシアターでは図2に示しているように15パーフォを横長取って画面を構成するフィルムとなっており、1,5000ワットの水冷キセノンランプを使用して上映を行っていた。

 

 “Lie−MAX”と揶揄されているのはフィルム時代のIMAXとは異なり、既存のシネコンのスクリーンをIMAX用シルバースクリーンに張り替えて映写機をDigital IMAXにしただけのスクリーンであるために、フィルム時代のIMAXとは縦横アスペクト比も異なることに加えて、スクリーンと観客席の位置関係も当初のIMAX設計基準とは異なってしまったことに起因している。

 

 フィルム時代のIMAXは、70mmIMAXのネガとポジプリント費用が足かせとなっていたことは言うまでもない。映画撮影と配給のデジタル化移行により、フィルムコストが大幅に低減されたことは確かであり、旧来の2KスキャンデータからのIMAXブローアップやカラーグレーディングの作業が大幅に削減されている。ただし、IMAXの青みがかったシルバースクリーンによる映写時の実効コントラスト比低下やカラーシフトの問題は残っている。

 

 

 冒頭の佐々木興行(株)による“次世代IMAX”は、図7に示しているBARCOのレーザー光源搭載4K−DLPプロジェクター2台による上映システムであり、26メートル幅スクリーンでも4K解像度と輝度を担保できる装置構成となっている。この次世代IMAXで採用されているレーザー光源の技術はコダックの保有特許をIMAXが買い取ったものであり以前の連載記事でも紹介しているが共有光軸プリズムを使用して、複数のレーザー光源を多重化することでスペックル(拡散反射されたレーザー光が干渉することでランダムなドット状の光学ノイズが発生する現象)を大幅に低減できる技術である。

 

 

 クリスティーも大画面上映用のシステムをすでに商品化しており、図8に示しているように多重化した光ファイバーガイド方式での多重化レーザー光源とミラーを使用した4Kプロジェクター2台によるシステムである。ロサンゼルス地下鉄のバイン駅から徒歩5分のアークライトシネマにあるシネラマドームスクリーンにもこのシステムが導入されている。

 

 また、次世代大画面上映システムとして一目置かれているのがBARCOによる“ESCAPE”システムである。図9に示しているように、スクリーンの左右にも補助スクリーンが設置されており、人間の視覚範囲外にも映像を提示することで没入感を感じさせるシステム構成である。イリノイ大学が開発し、日本でも東京工業大学を皮切りにして東京大学等に導入された“CAVE”システムを彷彿とさせるシステムである。

 この三画面による没入感システムは、当然のことながら映像制作時から関与して左右の補助画面に提示する映像を作りこむ必要があるが、座席に対して加速度感や振動・揺動を与える4DXとは異なる臨場感や没入感を与える次世代シネマといえる。

 

 

 映写機に対するレーザー光源使用の安全性問題が解決した現在、20メートルを超える大画面映画館で、多チャンネル立体音響と合わせて今までにはない高臨場感かつ没入感を味わえる次世代デジタルシネマの登場も身近に迫ってきている。ただし、配給される配給パッケージが4K解像度かつ、高周波成分が圧縮(間引かれていない)されていない色信号成分4:4:4フルサンプリングで無ければ、映画ファンの定着はあり得ない。衛星放送を主体にして4Kテレビが家庭に届こうとしているが、放送で流れているのは色信号を間引きまくって、かつ解像度感に最も影響する映像の高周波成分は間引きまくっている“いわゆるペタペタの映像”とは一線を画した、映画の画質であることを希望してやまない。

 

 そして、レーザー光源の登場によりシルバースクリーンに代表される高ゲイン(入射光束に対する反射光束の強度比であり、ゲインが高ければ見た目のスクリーン輝度は上昇するが、“黒浮き”が発生する為にコントラスト比は低下してしまい、メリハリの無い映像となってしまう)スクリーンを使用せずに、画面内でのコントラスト比500:1以上で上映される高画質デジタルシネマを追求していただきたいものである。当然のことながら、デジタル配給パッケージも4KJPEG2000による圧縮率も必要最小限に抑えた“Visually Lossless : 視覚的に劣化が関知できない水準 ”を担保した次世代THX的な認証の枠組みも必要な時期に来ているのではと感じている。

 

 

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