“もっと明かりを!”

                                                         デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2012年7月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が編集したものである。

“もっと光を!(Mehr Licht!)”は、ドイツの文豪であるゲーテの最後の言葉として伝えられているが、今月号では、上映時の輝度不足が盛んに議論されるようになっている3D シネマの話題として”もっと明かりを“と題してシネマプロジェクター用レーザー光源の話題を中心に取り上げていく。

 図1 には、デジタルシネマ上映時の輝度と、人間の輝度と視覚の関連を対比して示している。人間の視覚は、色を感じる錐体細胞と、明暗のみを感じる桿体細胞で構成されており、網膜中心部は色を感じる錐体細胞が密集しており、網膜周辺部は桿体細胞が大半となっている。したがって、視野中心部の5 度程度が色情報を正確に捉えている範囲であり、通常の意識レベルでは、無意識に15 度ぐらいまでの範囲の色情報を認識していると言われている。この錐体細胞のみが動作している輝度範囲が明所視と呼ばれており、約3 カンデラ以上の輝度がこの範囲となる。約3 カンデラから、
0.03 カンデラの範囲は、桿体細胞も同時に機能していることから、薄明視と呼ばれている。この範囲では色の認識について様々な現象が起きることが知られている。デジタルシネマの評価映像として配布された“StEM”のシーンにも、結婚式のパーティーが夕方の屋外で開かれているマジックアワーと題するシーンがあったが、照明光と撮影条件により様々な色表現ができる映画ならではの輝度範囲と言える。

 さて、本来の上映時輝度は48 カンデラと規定されているが、現在の3D 上映では17 〜21 カンデラ(5 〜6fL)の上映となっており、より映画としての映像表現力を上げるために、通常の2D 映画と同じ輝度範囲で上映して欲しいとの意見が強くなっている。

 

 図2 は、リアルD 社の科学技術統括であるマット・コーエン氏の講演資料を元にして、3D 上映時の光効率を示している。まず、プロジェクターが定格出力10,000 ルーメンのランプハウスであるとして、Z スクリーンが毎秒144Hz のトリプルフラッシュで左眼・右眼映像を切り替えていると、映像のブランキング(映像有効領域外の信号区間)による損失が10%、左眼・右眼のステレオ・ペア映像であることから50%の損失が発生することになる。したがって、プロジェクターからスクリーンに向かう光は、わすか1,900 ルーメンとなる。この光を、シルバースクリーンで入射角の中央部分に向けて集中反射させ、観客席に向かう光を増加させる必要がある。リアルD 社の推奨するスクリーンでは入射光の輝度に対する、反射光の輝度が中央部で2.4 となるシルバースクリーンが使用されており、1,900 ルーメン× 2.4 = 4,560 ルーメンが観客席に向かうことになる。最終的に、円偏光メガネが光線透過率80%あることから、3,648 ルーメンが観客席に向かって反射される光量(全光束:ルーメン)となる。輝度への換算は、このルーメン値を、スクリーン面積(平方フィート)で割り算すれば1 平方フィートあたりの明るさが算出できる。なお、シルバースクリーンは、通常のマットスクリーンが全方向に光を反射するのに対して、入射光の中心部に向けて集中的に反射するように材料を加工していることから、観客席最前列では左右両端部分の輝度低下、最前列の両端部では極端な輝度低下が発生することとなる。

 

3D 上映時の輝度については、使用するキセノンランプを大容量のランプに切り替える、2 台のプロジェクターを使用する等の方法が行われている。キセノンランプでは、容量をあげると定格寿命が短くなることが問題となっており、2 台のプロジェクターによる上映も映写室の構造などから大型スクリーン等への導入に限定されている。

 さて、この光量不足の救世主として名乗りを上げてきたのがシネマプロジェクター向けレーザー光源である。愛知万博でのソニーによるGLV 素子を使用したレーザープロジェクションや、米国で販売されているリアプロジェクションテレビ等があり、映画業界でも塩化ビニール製のスクリーン背面に、携帯電話に組み込まれているバイブレーションモーターを取り付けて、スペックル(レーザー光が拡散反射面から反射するときに、レーザー光の位相が干渉しあって粒上のノイズとなる現象)を除去する試みなどが行われていた。

 会社再建手続きに入る前のコダック社から、IMAX が買収した特許の一部を図3 〜5 に示している。

 

 まず、図3 に示しているのはスペックルを削減するためのプリズムの構成であり、複数の面発光レーザーダイオードによる光線を個別に反射させ、このプリズムのなかで多重化する構造を取っている。前述のGLV 素子での関連特許にも使用する波長の数十分の1 に相当する段差をつけた光学素子を交差する形で光軸上に挿入し、スペックルが最も減少する位置に調整する特許が出願されていた。
 本来の、レーザーが持っているパワーを損なわずにスペックルを削減するこの特許の効果については、2 年前のSMPTE カンIchiro Kawakamiファレンスで本件の発表があった後に、ロチェスターでの試写に立ち会った映画業界の知り合いが“素晴らしい”と絶賛していたことからも伺える。IMAX の特許買収費用は30 億円以下とのことであるが、次世代IMAX-3D の4K バージョンをBARCO
と共同開発することが最近発表されている。

 

 


 図4 には、ステレオ映像対応の光源ユニット特許を示しており、パルス発光できるレーザーダイオードの特徴を生かして、図5 に示すように偏光特性を高速切替できる光源の構成となっている。
 このコダック社のデモで使用されたのが、図6 に示すNECSEL 社の垂直面発光レーザーダイオード素子である。発振波長の安定性に優れた近赤外線レーザーを薄膜干渉フィルターと非線形光学素子によりRGBの波長に変調するところが特徴であり、ピーク波長の変動範囲は2nm 以下と発表されている。

 

 


 このレーザー光源による次世代シネマプロジェクターが登場すると、数万時間の寿命と安定した光量で上映ができることになるが、現時点ではシアターの構造上から、観客が立ち上がって映写室を振り返っても、直接レーザー光線が眼に入らないIMAX シアターのみが米国FDA でのレーザー安全規格の例外規定適用を得られているだけである。


 この関係各社がLIPA(LaserIlluminated Projector Associationhttp://www.lipainfo.org/)と称する団体をたちあげて、映画館でのレーザー光源プロジェクター実用化にむけてレーザーの安
全運用に関わる規格団体への働きかけを開始したところであり、今後の活動が注目されるところである。

 

 また、日本の映画館への導入も始まったリアルD 社のXL システムは、図7 に示すように、2 台のZ スクリーンを使用し、それぞれのZ スクリーンが非動作時に反射している光を、再利用するように構成した装置である。上部の反射ミラーには、スクリーン面での位置合わせ用に電動調整機構が付属している。当初展開していたZ スクリーン単体での、光利用効率が15%程度であったのに対して、このXL システムは光利用効率が28%にまで改善されることから、40 フィートを超えるスクリーンでも明るい3D 映画が鑑賞できるようになってきた。また、2 台のプロジェクターに、このXL システムを装着し、同期をとって運用するXLW システムも展開されており、ロサンジェルスのハリウッド・バイン通りにあるアークライトシネマで、ひときわ目立つシネラマドームにも2 台の4K-DLPプロジェクターとXLW システムによる上映が開始されている。

 二十数年前に、新宿駅前にあった70 ミリ映画専門封切館で鑑賞した“2001 年宇宙の旅”の感動がデジタルで蘇ってくるのも間近になってきたのではと期待している。

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