デジタルコンテンツの基礎 その3

                                 デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2013年10月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

 

 今月号では、DCI準拠のデジタルシネマで採用されている画像圧縮方式であるJPEG2000(J2Kとも略称される)による圧縮率と画質の実際について、現在使用されているシネマサーバーでのセキュリティー強化SDIリンク形式でのデータ伝送レートと配布用HDD記録容量について考察を行う。

 まず、現在のシネマサーバーからの映像出力はCineLink形式のSDI伝送システムを使用しており、250Mbpsの信号伝送帯域が上限となっており、かつ配布用HDDは250Gが使用されている。通常配給されている2K解像度で毎秒24フレームの映像では、イメージコンテナーの解像度が水平2048画素、垂直走査線1,080本であり、RGB各画素が12ビットで構成されていることから、2,048*1,080*24*36ビットとなり非圧縮のベースバンドでは毎秒あたり1,911Mbpsの帯域が必要となる。デジタルシネマで採用されているJPEG2000では、圧縮率4未満では数値的な劣化はあるものの実用的な画質劣化を感じさせない近似的ロスレスの画質となることが想定されており、圧縮率4以上16未満の範囲では大半の視聴者に画質劣化を感じさせない視覚的ロスレスの範囲となると言われている。この範囲を超えてくると圧縮率40:1迄は明らかに画質劣化が認められるようになり、圧縮率40:1以上では映像が破綻することとなる。

 

 一般的な2K映像24fpsでは、現行の250Mbpsの帯域でも8:1の圧縮率で良いことから画質劣化についてはほとんど問題となることは無い。ただし、3D上映時には、毎秒24フレームで右・左の映像を送出しなければならないことから、色信号をYCCzの色差形式信号として一画素当たりのビット幅を24ビットに落として圧縮率の増加を抑制している。さて、昨今話題となっているフレームレートの増加についてはどうであろうか?通常の2K映像では、毎秒48フレームで圧縮率15となり、これ以上のフレーム数増加では画質劣化が発生してしまうこととなる。同様に、3D映像で片眼48フレームとした場合でも画質劣化が発生してしまう事になる。一部の関係者からは、ファームウェア更新で毎秒500MbpsまでCineLinkの伝送レートを上げる提案もなされている。この提案が受け入れられると、2K60fpsでの上映、4K24fps、そして色差信号に画質を落とさない3D上映も可能となってくる。

 

 また、現在配給に使用されているHDDが公称定格250Gバイトであり、同時配給する予告編もあることから、本編映像は190Gバイト以内に抑えることが要求されている。この配給用HDDの記録容量からくる制約は、本編映像の尺で決まってくることとなる。一般的な100分の作品でも、最近話題となっているハイフレームレートとなると、フレームレートに比例してマスターファイルの要領が増加することから、2K映像での60fps作品では4Tバイト、4K映像での60fpsでは14Tバイトとなり、最近流行の200分の作品ともなると2K60fpsで7Tバイト、4K60fpsでは29Tバイトの記録容量が必要となってくる。

 

2K24fps映像で200分の作品でもマスターファイルは3Tバイトで収まることから、190GバイトのHDDでも圧縮率15:1で視覚的ロスレスの範囲内に収まってくる。3D映像でも、色差信号形式であれば150分の作品で3Tバイトであり視覚的ロスレスの範囲内となるが、200分の作品では4Tバイトとなることから圧縮率が20:1となり画質劣化が視認できることになる。この配給用HDDも、1Tバイトの記録容量にアップデートできれば、実効記録領域を900Gバイトとして200分の作品で2K96fps、4K24fpsも視覚的ロスレスの圧縮率で記録できることになり、3D作品も色差信号形式ではあるが片眼60fpsの作品が視覚的ロスレスで記録可能となる。

 

 ただし、現在のデジタルシネマ上映システムはVPF資金により貸し出されている運営形態であることから、ファームウェア更新によるシネマサーバーからの伝送レートアップが一筋縄で行くわけでは無い。外置きのシネマサーバーを設置する場合と、プロジェクター内部にメディアブロック基板を組み込んでいる場合とでフアームウェア更新対応可否が分かれてくる事に加えて、費用負担の問題が関わってくることが最も問題である。

 

 さて、実際の映像でJPEG2000の圧縮率と画質劣化の関係を見てみよう。

 

図1にはDCIが作成した評価映像StEMの028550フレームから、介添人の男性を抜き出して圧縮率を106:1からロスレス圧縮まで変化させた映像である。最下段には原画を示している。フィルム撮影による映像であり、レーザースキャンにより2K解像度のTIFFファイル(RGB各16ビットで、上位12ビットが有効データ)で配布された映像である。男性の顔の表情と、帽子の“ひさし”部分に注目していただきたい。なお、表示している圧縮率は、JPEG2000のロスレス圧縮映像の記録容量を100として、各圧縮映像の記録容量を比率として表している。ロスレス映像と圧縮率5:1の映像を比較すると、顔面の細部情報は残されているが帽子の“ひさし”エッジにノイズが見受けられ出している。圧縮率14:1では顔面の細部情報が欠落し出しており、目尻から頬骨にかけて平坦な映像に変化してきている。圧縮率18:1では、この傾向がより顕著となり、圧縮率27:1では顔面の微細情報は大半が失われた映像となってしまっている。圧縮率54:1では、目元の判別が難しくなりもみあげ部分もぼけた構造となっており、圧縮率106:1では顔面の判別が困難となり映像として成立しなくなっている。

 図2は、デジタルで撮影された映像の微細なテクスチャーに的を絞ってJPEG2000での圧縮率と画質劣化の事例を示している。使用した映像は、筆者も関わったCoSMEの05556フレーム映像であり、横浜の三渓園で撮影された。最上段に、このフレーム全体の構図を示しており、数寄屋造りの建物の入り口部分の藁葺き屋根と、和装の女性の後ろ姿と板葺きの壁を示している。圧縮率5:1では、藁葺き屋根と背景の木々も目立った画質劣化は認められないが、圧縮率27:1になると藁葺き屋根の背景の木々は微細な構造が無くなり平坦な緑となってしまい、藁葺き屋根自体もぼけた印象となっている。圧縮率53:1では、藁葺き屋根の微細構造は完全にぼけてしまい、板葺きの壁もコントラストの弱い部分が消えてきている。

 

 放送で使用されているMPEGでのDCT変換と異なり、JPEG2000ではウェーブレットと呼ばれる映像の周波数成分を圧縮する方式を採用していることから、表1に示しているように視覚的ロスレスとなる圧縮率の範囲が広いことが特徴である。ただし、MPEGと異なり、ライセンスフリーの圧縮方式であることから、活発な研究開発が行われていない問題も指摘されている。また、ソフト的な工数が多いことから、画質的にはデジカメで使用されているJPEGよりも格段に優れているが実用的にはきわめて限られた用途でしか採用されていない現状である。

 

 デジタルシネマの今後の拡張性について、ファームウェアを含めた機能向上や映画以外のコンテンツの対応への柔軟性からも内部の映像伝送レート改善・改良は必須であり、配給用HDDも時代にあった記録容量にアップデートしていくことが必要であるが、現在のVPF主体でのデジタルシネマ機器供給形態が、この市場からの要求に柔軟に対応できるのかが大きな課題となってくる。また、DCIを構成するハリウッドメジャースタジオが経費負担も含めて、今回取り上げた課題についてどのように方針を打ち出すのかが注目されるところである。

 

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