デジタルコンテンツの基礎 その2

                             デジタルルックラボ 川上 一郎

 

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2013年9月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

 さて、今月号では放送用コンテンツとデジタルシネマで根本的に異なっている色信号について考えてみる。現在のテレビ放送では、白黒テレビ放送の周波数割り当て帯域を守りながら、かつ既存の白黒テレビ視
聴家庭には支障なくカラー放送を行うために、人間の視覚特性で輝度を感じる波長帯域の緑色を主体にしたY’信号と、青色と赤色の成分を半分だけサンプリングした色差信号とに置き換えて放送を行った。この、
色信号ダウンサンプリングは、その後の民生用VTR 機材や通信系統への親和性やコスト面からさらに多様な方式が提案され使用されている。


 

 図1 は主要な色信号ダウンサンプリング方式の解説図である。デジタルシネマで使用される色信号はRGB4:4:4 のフルサンプリング信号である。これに対して、放送系機材で使用されるY’CbCr 系では、輝度信号に相当するY’の信号は緑信号成分に赤色と青白に信号成分を加算した値で有り、Rec.709 では71.5%の緑色信号強度に、21.3%の赤色信号強度と7.2%の青色信号強度成分を加算した値である。さらに、青色と赤色の色差信号自体の計算もそれぞれの信号強度から、この輝度信号成分を減算した結果に係数をかける方式をとっている。その結果、一度変換されると原画の持っているRGB 信号には戻すことができない不可逆圧縮の方式である。

 

 この色差信号方式による映像信号の圧縮については、放送用・民生用映像機器メーカーの商品戦略として、すでに発売していたVTR や周辺機器の信号帯域や物理的外形との上位互換性を優先する目的で発展を重ねてきた経緯がある。アナログ放送時代での主流であった4:2:2 方式では、青色と赤色の成分については2 画素分の色情報を平均化して使用することにより、図1の事例で各色8 ビット、4 画素構成での情報量が4:4:4 フルサンプリングでは4画素×赤色8 ビット+ 4 画素×緑色8 ビット+ 4 画素×青色8 ビット= 96 ビットとなる信号量を、4 画素× Y’8 ビット+ 2画素× Cb8 ビット+ 2 画素× Cb8 ビット= 64 ビットに圧縮して伝送することになる。

 

 4:1:1 方式では、青色と赤色の成分については4 画素分の色情報を平均化して使用する為に、4 画素× Y’8 ビット+ 1 画素× Cb8 ビット+ 1 画素× Cb8 ビット=48 ビットに圧縮して伝送することになる。なお、図1 で、Cb,Cr の位置が水平にずれて表示されているのは、近傍画素との重み付け演算(中心画素を1/2、離れた画素を1/4 等)を行って色情報ダウンサンプリングによる擬似輪郭の発生を抑えていることを意味している。

 日本の地上波デジタル放送ではH.264による放送が主流となっているが、民放キー局に納品される映像素材はHDCAM フォーマットとなっており、図1 には示していないが3:1:1(水平方向が3/4 サンプリングであり、実効水平解像度は1440 画素相当であり、さらに色信号は1/4 サンプリングとなっている)の輝度信号とともに色信号をダウンサンプリングされた映像である。その結果、低予算で撮影された広告映像などでは、元映像が4:1:1 や4:2:0 で撮影され、納品時にHDCAM3:1:1に変換された後に、フルHD に変換されてH.264 で圧縮され放送されることになる。

 

 現在の放送用コンテンツではMPEG2やH.264 によりDCT やウェーブレット変換により周波数成分の圧縮、パターンのコード化でさらに元画像の持っている微細な情報は無くなってしまっている。その結果として、ドラマの主役である演者の顔が“ノッペラボウ”のマネキン顔となってしまう現象が多発している。デジタルシネマで採用されているJPEG2000 では、見た目で画質劣化が判別できないVisually Loss Less モードで圧縮できる範囲が広いことが特徴で有り、3D 上映の映像以外では色信号ダウンサンプリングは行われていない。

 

 次世代テレビ放送の主役として、4K・8K の超高解像度放送実証実験がまもなく始まろうとしているが、筆者としては家庭に色信号10 ビット4:4:4 の映像をどのように配信するかを検討していただきたいと考えている。現在、10 ビット以上の色信号で映像を鑑賞できるのはデジタルシネマスクリーンでしか無いことを映画制作・配給・上映関係者は肝に銘じていただきたい。フィルム上映のころから、色信号を一切間引かずに上映できていた映画館であるが、銀塩フィルムを使用していると上映時の機械的なフィルム送りにより“擦り傷”や、パーフォレーションと呼ばれるフィルム送り用の穴が摩耗してフィルム駒停止位置がぶれてしまう現象、さらには光源であるキセノンランプから発せられる強力な赤外線や紫外線によるフィルム色素の色あせ、フィルム基材の熱変形(いわゆる“わかめ”現象)等の問題に加えて、スクリーン上映時の基準となる白の色温度は、一切の調整手段が設けられていないことから成り行き任せでしか無い問題があった。

 


 さて、実際におきる色信号ダウンサンプリングによる画質劣化の事例を紹介してみる。図2 は、非圧縮収録した10 ビットRGB のTIFF 映像を8 ビットのBMP ファイルに変換した元画像から、Y’CbCr4:4:4:・4:2:2・4:1:1・4:2:0をEXCEL 上で計算しBMP ファイルに戻した映像である。Y’CbCR では、輝度信号は前述のように緑色成分をメインにして全画素サンプリングしていることから、誤差情報の3DLUTマップは青色と赤色信号の成分のみを表示している。元画像の中央部に位置する赤いパプリカの軸部分での色ずれや偽色の発生に注目してみると、4:2:2 からエッジ部分での偽色発生があり、4:1:1 や4:2:0 では本来の映像には無いパターンの発生も出てくる。図2 の映像では左側に黄色のパプリカがあり、中央部には緑色のライムが配置してあり、右側には赤いパプリカと緑の軸があることから人間の肌色に近い黄色での色信号誤差発生に注目していただきたい。

 


 図3 では、瞳の部分でのスポットと“まつげ”、眉毛の輪郭に注目して色信号ダウンサンプリングの影響を見ていただきたい。
色信号誤差は、青色成分の誤差を表示している。4:2:2 サンプリング映像で、はやくも瞳の輪郭部分に偽輪郭が発生しており、4:1:1 や4:2:0 ではさらに顕著な発生が認められる。ドラマ映像では、当然の事ながら演者の方の表情に見入ることになるわけであるが、色信号ダウンサンプリングされた後に、MPEG やH.264 の動画像圧縮処理が行われると、“眼は口ほどに物を言い”では無いが、目元周りの肌の詳細な輪郭や、階調表現が失われてしまうことから、いわゆる“ぺたぺたのテレビの絵”になってしまう。

 

 筆者の自宅では37 インチのプラズマテレビで、6500 ケルビンの色温度に合わせてテレビ放送やDVD 鑑賞をしている。個人的な見解として、現在のMPEG を起点とした画像圧縮技術の根幹となっている画質評価基準は、20 インチから30 インチのブラウン管時代に合意された画質評価手法を踏襲しているだけで有り、肌色や空の色の色相再現に重点を置いた画質評価方法については議論されていない。また、50インチを超える大画面テレビが家庭に設置され、かつ液晶テレビでのバックライト問題(RGB 三原色LED を使用して色温度を制御しているのは一部の業務用モニターのみで有り、大半の民生テレビでは青や緑のLED により蛍光体を光らせて“白色”らしい光をバックライト照明を行っている)、さらに日本固有の9300 ケルビン以上の“ぶっ飛んだパソコンモニターの白色”で映像を作ってしまう問題等々が山積している。
 なお、デジタルシネマで採用されているJPEG2000 による画質の影響については次号以降で詳細に解説させていただく。

inserted by FC2 system