デジタルコンテンツの基礎その1

                                デジタルルックラボ 川上 一郎

 

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2013年8月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

 

 

 さて、今月号ではデジタルコンテンツの画質について再度考えてみたい。まず、動画の撮影手段であるカメラについて考察してみる。

 

 

表1 は、米国・カナダで撮影機材のレンタルを行っているフレッチャー社(http://www.fletch.com/_index.php)による、最新の撮影機材一覧表から画質に関する項目を抜粋したものである。
 昨今では、総務省による次世代放送推進の予算措置もあることから4K・8K の解像度さえ上げれば、いまや壊滅の危機にある日本の映像機器産業が復活するとの風潮がある。“解像度さえ上げれば画質は良くなる”との各種論調に決定的にかけているのは静止画像で一定のコントラスト比以上で無ければ成立しない視覚解像度の数値が一人歩きして、多様な視聴環境(提示映像のコントラスト比、動画応答特性、環境輝度等々)により全く異なる結果となる動体視力の問題から、解像度よりは提示される色と階調表現の影響が強い。
 映画館での上映ではSMPTE 規格により最低環境輝度は0.03 カンデラが推奨されており、全面白と全面黒でのコントラスト比で500:1 以上のコントラスト比が確保されるように環境を維持することが望まれている。現実の問題としては、映写室と観客席間との間に設置されている遮音窓(平行にガラスを設置すると特定周波数で共鳴するために、くさび形に角度をつけて2 枚のガラスを設置する)による光線透過率の損失(10 ~ 20%)に加えて、映写スクリーンの音響透過穴(サウンド・パーホレーション:0.5 ~ 5mm 直径の穴が面積比で約5%存在している)による反射効率の損失に加えて、スクリーン背面に設置されているスピーカーユニットや壁面からの再帰反射による損失、そして観客席の天井・壁面・通路・座席、そして最も制御不能な観客の着衣と皮膚からの反射が映画のコントラスト比を低下させる要因となっている。さらに、観客席通路照明や非常灯がスクリーンそのものに映り込んでいると最悪の状態であるが,3D 上映用シルバースクリーンではホワイト・スポットと呼ばれるハイライト部分の階調飛び現象や、観客席が映画館中央軸から外れた場合の極端なコントラスト比低下や色ずれの問題が発生する場合がある。
 このような現状で、デジタルシネマ制作に使用するカメラの選定についてはデジタル機器ならではの困難さがある。単純に解像度だけで選んでも、使用するレンズの空間解像度(特に周辺部の解像度・収差)や幾何収差・色収差等の問題に加えて、カタログに記載されている公称露出指数と露光範囲の実力、そしてデジタル収録の取り回し、工程管理のスマートさが問題となってくる。公称露出指数は、撮影するシーンの照明設計で大きなファクターとなり、あらかじめ用意すべき照明機材や美術設計に影響することは言うまでも無い。ただし、カメラメーカーのカタログに記載されている公称露出指数は、あくまでも標準的なグレースケールチャートのカメラ出力により決められているだけであり、露光範囲の表記についても同様である。
 ただし、映画作品で最も重要となる肌色等の中間色の色合い表現力については指数化された計算式は存在しない(印刷業界や塗装品で使用されているLab やマンセル等の色差表示については、根本のXYZ 表色系自体が人間の色覚特性と合致していない)ことが大きな問題となってくる。映像の画質を議論するときに、最も重要な因子は色であることについては議論の余地は無く特に肌色や空の色の色相がずれて表示されてしまうと鑑賞する意欲も無くなってしまう。
 さて、表1 では、撮像素子の解像度とアスペクト比、常用感度、露光範囲に絞り込んで記載している。ARRI 社のALEXA シリーズは、他社のカメラとは異なりアスペクト比4:3 の撮像素子を採用していることから、広角撮影用アナモフィックレンズを品揃えするなどの戦略を取っており、撮影時のカメラゲインやオフセット等のデータをタイムコードと同様にメタデータで記録する機能を率先して導入し、すでに累計3,000 台の販売実績となっている。 ALEXA XT Studio&Plus は、4:3 出力モードでは0.75 ~ 90fps のフレームレートが選択でき、16:9 出力モードでは0.75 ~ 120fps が選択できる。またARRIRAW の出力では2,880 × 2,160画素の12 ビットデータが出力され、4:3モードは512GB の記録容量で36 分の収録ができる。おなお、ALEXA EV/Plusでは12 ビットのProRes4:4:4 の映像出力となる。
 ソニー F65 はSR-R4 と組み合わせると16 ビットのF65RAW-LITE 形式で8K、6K、4K の出力が選択できる。F55 では圧縮比3.6:1 の16 ビットF55RAW 形式出力となり、F5 では10 ビットのXAVC形式出力となっている。
 Red Epic では圧縮比7:1 のREDCODE 形式5K 出力があり、Scarletでは同様に圧縮比7:1 のREDCODE 形式4K 出力となっている。
 キヤノン EOS C500 では本体出力は8 ビットのMPEG2 − 4:2:2 であるが外付けレコーダーを使用すれば10 ビットの4K - RAW データによる収録ができる。
 さて、カメラの選択で気になる常用感度と露光範囲であるが、露光範囲についてはどの程度の階調範囲まで撮影できれば露光範囲の上限下限とするかはメーカー側の自由裁量である。フィルムの場合には、常用
感度が高ければ粒子が粗いイメージがあったが、デジタルカメラの場合には常用感度の高いカメラが必ずしも暗部のノイズが多いと一概にはいえないところがある。また、露光範囲の12 ストップ~ 14 ストップといった性能表示についても実際の出力映像を見てみないと判断できない。このデジタルならではの感度と露光範囲については、米国撮影監督協会のConrad Hall 氏が立ち上げた“Cinematography Mailing List”(http://www.cinematography.net)が参考になるデータをアップしてくれている。最近のテストでは、キャンドルの明かりによるAlEXA、C500、F65 の比較撮影画像、グリーンスクリーンでのノイズや圧縮の影響を考察したAKEXA とC500 の比較撮影画像など様々な視点から比較撮影した映像がDPX 形式でWEB に上げられている。

 

 

 添付図には2012 年にロンドンでのドラマ撮影の間に行われたALEXA、C500、そしてブラックマジックシネマカメラ(BMCC)で露出を変えた比較撮影の映像である。なお、WEB に上げられているのはDPX 映像であるために、フリーソフトのXnConvert を使用してTIFF 形式に変換している。屋外撮影であるために各カット毎に背景や人物の照度は変化しているために全体のバランスで各カメラの露光特性を判断していただきたい。ノーマル設定での映像は、C500 とBMCC が、いかにもデジカメの映像といった露出範囲であるが+3 ストップの露出オーバーでは各カットの右下に貼り付けている輝度ヒストグラムのパターンからも明らかなように各カメラの特性の差が顕著に表れている。ALEXA では背景となる建物や空の部分がはっきりと視認できるが、C500 では飽和してしまったいわゆる“白飛び”映像となっており、BMCC では背景部分の輪郭情報ははっきりと映り込んでいるが色彩情報は飽和に近い状態である。BMCC は、撮像素子がCCDあるためにこのような現象でている可能性もあり、興味深いところである。 同様に、- 5 ストップの露出アンダーでは、暗部の表現能力に大きな差が現れており、ALEXA の映像では女性が首から巻いている虹色のマフラーと茶褐色のコートが識別できるが、BMCC ではつぶれてしまっており、C500 ではマフラーは識別できるがコートの細部はつぶれてしまっている。

 このように露光範囲を変えたときの表現力の差が、通常のノーマル撮影で得られる映像の色の表現力に影響していることは言うまでも無い。このConrad Hall 氏のWEB については、各メーカーが発表している比較映像では無く、現場の撮影監督が自ら比較撮影した映像であることから、デジタルシネマに関わる関係各位の方は是非閲覧いただきたい。

 

 

 

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