映画業界を巡る話題-続編

                       デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は、(株)ユニワールド発行の月刊FDI(フルデジタルイノベーション)2015年5月号に掲載した記事をWEB閲覧用に再編集している。

 

 さて、先月号では映画興行の現状について紹介したが、今月号では制作現場に関わる話題を取り上げていく。映画のエンドタイトルが表示された後に延々と表示されるエンドロールには、映画制作に関わる関係者が2 分~ 5 分程度表示されている。映画制作に関わった方々に取っては、このエンドロールに名前が表示されるかどうかが大きな意味を持ってくることになる。
 ハリウッドで映画製作に関わる職業の方にとっては、このエンドロールに記載されていることが職歴として認知されることになることから、通称IMDB( InternetMovie Data Base http:www.imdbcom) で検索して自分の名前が何本の作品にスタッフとしてヒットするかが今後の給与水準を決めていくことになる。

 この映画作品における関係者のクレディット表記については英国BBC が作成した

“Opening and Closing Credits”(http://downloads.bbc.co.uk/commissioning/site/Opening_and_closing_Credits.pdf)

が有名である。オープニングのクレディットでは作品名表記に続いて主要出演者が列記される。引き続き脚本作家が表示され、その後に制作関係者として監督・プロデューサー・撮影監督などが表示される。クロージングクレディットでは、役名とともに俳優陣の名前が列記されるが脚本に役名が記載されている範囲にとどまるのが一般的である。ちなみに3D-CG 作品でのモーションキャプチャーで動作データを取るパフォーマーも米国では俳優組合員であることが要求されている。


 その後に、制作指導関係者(Advice/Consultants)、制作連携関係者(Combined credits)、工作関係、カメラ、衣装、デザイン、セット関係、照明、メーキャップ等の撮影関係者が続き、その後ポストプロダクション関係、配給関係と続くことになる。

 

 図1 は、ハリウッドメジャースタジオの団体であるMPAA が、このスタッフ関係クレディット表記がなぜ長くなるのかについて解説を行った珍しい資料(“The Economic Impact of the MotionPicture & Television Industry on theUnited State” April 2009, MPAA,Page8, “Understanding film and televisioncredits”) を翻訳した図である。

 映画の企画段階、予算と工程を確定するためのテスト撮影、撮影、ポストプロダクション、そして配給に至る工程毎に関連する役職が列記されている。 まず、企画段階では、制作を統括するプロデューサー陣(チーフプロデューサー、上級プロデューサー、制作プロデューサー、プロデューサー補佐)と、商業映画としての採算性を検討する経営陣(映画会社担当役員、経理担当部長、秘書、投資家、弁護士)、そして脚本家、弁護士、広報担当、エージェントなどにより作業が進められる。この企画段階では13 の職種が記載されている。なお、この段階での脚本はラフ・プロットと呼ばれる主要なストーリー展開のみの脚本であり、企画の段階で何人もの脚本家が関与することが多く、上映時のクレディット表記で名前が外れたことに対する訴訟も数多く起こされている。


 この企画案が経営陣に承認され、資金的な目処とおおよその公開時期が決まれば最終的な撮影コストとスケジュールを確定するためのテスト撮影が行われる。このテスト撮影の映像が予告編として使用されるために、作品としての主要なシーンを部分的に撮影し、脚本や演出を含めた問題点を映像として確認することになる。このテスト撮影では、39 の職種が記載されている。

 

 そして撮影では、実に45 もの職種が記載されている。撮影に関わる様々な職種に加えて、エキストラを含めた関係スタッフの子弟に対する教育福祉担当(補習講義を行う教師や保母)、救急要員まで配置することになる。役名の記載されないエキストラや、屋外ロケの場合の関係者向け炊き出しについても、主役級の俳優についてはアレルギー関連食材の指定や、調理担当コックのレベル(たとえばミシュランの一つ星以上等々)などが契約書に記載されるために単純に手配をすれば済む話ではない。また、地方でのロケについては関係者の駐車場手配、駐車場からの移動手段、ロケ見学者への安全確保警備も含めて膨大な人数の現地雇用も発生する場合がある。

 

 ポストプロダクションでは、10 の職種しか記載されていないが大半が外注であるために、各種CG 関係や視覚効果に関わる専門プロダクションのスタッフが多数名前を連ねることとなる。
 

 最後に配給では9 の職種が記載されており、配給担当役員の指揮の下に映画興行チェーンとの調整、各種媒体への広告、主演級俳優とのプレミア試写スケジュール調整などが行われ、最も大事な映画館からの売上金回収作業がある。ネット等で公開されている作品制作費の実態や、興行収入の回収などについては“ビッグ・ピクチャー”エドワード・J・エプスタイン著、早川書房、ISBN4-15-208700-5C0074 が詳細に記しているのでハリウッド映画ビジネスの詳細について興味のある方はご一読いただきたい。

 SF 映画ファンの筆者は、名作“スタートレック”でMr. スポックを演じたザカリー・クインが逝去したことが惜しまれるが、この作品のエンドロールに記載されたスタッフとキャストの職種別人数を表1 に示している。実に、2,234 名が名前を連ねている。


 当然のことながら監督は1 名であるが、脚本については4 名が名を連ねている。この脚本家の人数については、企画段階で関わったのにもかかわらず制作段階でプロデューサーとの意見対立で降板した場合や、制作途中で作品の方針が変更されて脚本執筆を外される等の様々な事例がある。従って、脚本家組合(WGA : Writers Guild of America http://www.wga.org/)はエンドロールに記載すべき執筆条件について事細やかに記載しているので、コンテンツ関連の権利条件に興味のある方は是非このサイトを閲覧していただきたい。このスタートレック最新作では、4 名の記載のみなので少ないと言える。これは、脚本執筆が分業化されていることが大きな要因であり、骨格を組み立てる専門家、アクションシーン専門、ラブストーリー、家族愛、友情等々のそれぞれのシーンに強い脚本家をプロデューサーが選択して最強の組み合わせを模索するハリウッド独特の制作パターンが影響している。


  俳優陣は145 名がIMDB で名前を連ねているが、“Non Credit”(実際の上映されたエンドロールには名前が記載されていない)には5 名がカウントされている。この差は、台詞の有無は当然のことながら、脚本に役名が明記されているかどうか等の微妙な問題がある。


 制作陣は13 名が記載されており、統括プロデューサーや経験豊富な上級プロデューサー、制作現場に精通しているラインプロデューサ等で構成されている。撮影監督は、撮影に関わる総責任者の役割でありカメラクルーへの指示に加えて照明クルーへのライティングデザインも行うことから、作品によっては企画段階から撮影監督が関与する場合もあり、当然のことながら美術部門や衣装・メーキャップ部門についても監督やプロデューサーの意図する映像表現を実現するための指示・監督を行うことになる。


 スタートレックの部門別スタッフ数で最も人数が多いのは映像効果部門であり、合成するCG 作成や3D 変換の外注先チーフが数多く名前を連ねており、実に1,124名( このうち“Non Credit” は511 名であり、週給制のハリウッド関連職種で担当したカットの作成途中で退職となったのか、担当から外されたのかは不明であるが、IMDB が名前を記載したからには関係者の裏付けがあったことは当然である。ちなみに、ハリウッドで映画制作に関わる投資詐欺事件で、自称“**”映画のプロデューサーと称する怪しげな人物が介在するのが常套手段であるが、身近にこのような案件があった場合にはIMDB でまず裏付けを取ることをおすすめする。


 表2 は、1994 年から2013 年に公開された映画作品でエンドロールに記載された制作スタッフ人数のベスト10 である。“Iron Man3” は実に3,310 名が名前を連ねており、史上最高の興行成績を上げた“Avatar”は2,984 名と実に数多くのスタッフが名前を連ね、前述のスタートレックと同様にCG 作成や3D 変換での外注プロダクションが多いことが原因である。ちなみに、エンドロール自体の長さは、“IronMan3”が2 分53 秒、“Avatar”は3 分27 秒であり、スタートレック最新作では2 分16 秒となっている。エンドロールでは、スタッフの氏名を何列組にするか、秒当たりのスクロール速度などを自由に編集できるので、エンドロール担当のバックミュージックや演出効果の影響が大きいと言える。
 
 さて、撮影現場での男女比率については英国のStephrn Follows 氏のサイト<http://stephrnfollows.com/> で興味深い調査結果がでているので紹介させていただく。


 表3 は、2012 年に公開された250 作品での主要スタッフ男女比率であり、監督は女性9%、男性91%であり、脚本家では女性15%、編集者で20%の比率となっているが、撮影監督では2%のみが女性である。この比率は、日本の映画撮影監督協会の正会員名簿でも同じような女性の比率である。表4 は映画産業全体での男性比率が高い国ベスト25 であり、第1 位のイランでは男性比率76%、第2 位がアジア最大の映画大国インドで68%となっており、米国では61%、韓国が59%、日本が58%となっている。

表5 は女性比率の高い国ベスト25 であり、第1 位の台湾では実に56%、第2 位のチャイナも56%、映画産業の復興が著しいロシアは54%、映画振興政策の充実しているカナダでは46%が女性となっている。

 
 米国での映画テレビ制作が地域経済に与える影響については、前述の屋外ロケでの現地雇用や調達が経済効果として理解しや
すく、表6 には米国各州での地域経済効果金額上位25 州を示している。筆頭は、カリフォルニア州であり2008 年には実に480 作品が制作されており、総額163 億ドルで一作品当たりでも3,000 万ドルの経済効果が生じている。第2 位はニューヨークであり総額74 億ドル、第3 位のテキサスでは総額169 億ドルとなっている。 この地方での映画制作に対しては30 日を越える宿泊について宿泊税を減免するとか、日本の消費税に相当する州毎の売上税減免等の細やかな映画テレビ制作による地域振興政策が各州で行われており、各州のフィルムコミッションが必要書類の作成方法や提出先のアドバイスをきめ細かく行っている。この実態については全米州議会カウンシルが公開している文書(http://wwwncsl.org/Portals/1/Documents/fiscal/2014FilmIncentivePrograms.pdf)で詳細が確認できる。ちなみに、地域経済効果が最も大きいカリフォルニア州では、前州知事であるシュワルツェネッガー氏が空洞化するハリウッド映画産業に対して危機感を感じて2011 年から20 ~ 25%の法人税率控除を打ち出しているが、適用対象は独立系プロダクションの少額制作費作品に限定されるなどの制約に加えて、カリフォルニア州内では各種職能別組合の最低賃金規制や労働条件の縛りが厳しいことから効果がでていないのが現状である。フロリダ州では20 ~ 30%の他州への付け替え可能な法人税免除を行う等の積極的な撮影誘致を行っており、結果としてニューヨーク に続く全米第4 位の映画撮影による地域経済効果を生み出している。確かに、米国での人気ドラマシリーズの舞台にフロリダが数多く登場しているのも納得できる結果である。


 

  表7 には、2003 年10 月から2005年10 月にかけてのロサンゼルス郡内、その他のカリフォルニア州内、その他の米国内、米国外での撮影作品数動向を解析した結果を示している。メジャースタジオの撮影作品では2004 年9 月にロサンゼルス郡内で14.5 本の撮影を行ったのがピークであり、2005 年には5 ~ 6 本台の撮影にとどまっており、ロサンザルス郡以外の州内での撮影も1 本以下ときわめて少ない本数である。カリフォルニア州以外の国内撮影本数は2005 年で4 ~ 10 作品にとどまっているのに対して、米国以外での撮影は着実に増加してきている。低予算の独立系プロダクション作品では、ロサンゼルス郡内の撮影が比較的コンスタントに行われているが、カリフォルニア州以外での撮影が1.5 倍から2 倍多く、前述の各州による映画振興税制での優遇効果が顕著であると言える。


 表8 には、日本と同様に独立系プロダクションがいわゆる自主制作映画を数多く撮影している英国での興味深い調査資料である。冒頭に映画制作関連スタッフの男女比率調査結果を照会したステファン・フォロー氏のWEB サイトでの資料(http://stephenfollows.com/how-many-ukfilms-get-a-cinema-release/) であり、2007 年から2010 年に制作された749本の作品で、6 スクリーン以上で一週間以上の劇場公開ができなかった65%の作品(486 作品)がどのような状況であったのかを調査している。制作費50 万ポンド未満(4/20 の換算レートでは1 ポンド178 円であり、50 万ポンドは8900 万円)の作品ではDVD 化されてビデオ視聴は可能となっているが、37.7%は映画祭での上映のみとなっている。200 万ポンド(3 億5600 万円相当)以上の制作費をかけた作品も映画祭上映のみの作品は16.1%ある。新人監督の映画作品が映画祭上映のみで消えていく現状は日本でも同様であるが、ネット視聴の現状でオンライン視聴可能な作品が50 万ポンド未満で5.4%、50 万~200 万ポンドの作品でも1.6%でしか無く、米国で最大規模の独立系映画作品の映画祭であるサンダンス映画際が数年前から映画祭と同時にDVD を販売開始する動きに対して遅れているのが英国の現状である。もっとも、サンダンス映画祭でも東海岸と西海岸で小型映画館を買収してスクリーンで上映できる環境を最低限維持している。日本でも独立系プロダクションの作品が毎年400 本以上制作されている現状で、作品のネット配信や、DCI 規格にとらわれないセキュリティー強化MPEG コーディックによるワンコインシネマ等のチェーン展開を真剣に議論する時期に来ていると筆者は考えている。

 

   経済産業省のコンテンツ関連補助金(映画、アニメ、ゲーム等全て)の一括交付窓口としての映像産業振興機構はあるものの、公的機関としての映画振興委員会が存在しないのは日本と米国だけであることを明記しておく。

 

Ichiro Kawakami
デジタル・ルック・ラボ

 

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