e Cinema の可能性

                             デジタルルックラボ 川上 一郎

  この記事は(株)ユニワールドの月刊FDI 2013年2月号に掲載した連載記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。 

 

日本の映画スクリーン数は、昨年末で約3,300 スクリーンであるが、デジタル化されたスクリーンは85%にとどまっている。欧州各国が相次いで100%デジタル化を達成しているのに比べて、日本での100%デジタル化に見通しが立たないのは、ひとえに公的な映画振興委員会が存在しないことが原因である。欧州では、映画興業チェーンの規模や単館系映画館の比率も、ほぼ日 本と同様であるが、各国の映画振興委員会は、単館系映画館や中小映画興業チェーン向けに、デジタル上映のハンドブック作成・講習などを積極的に展開しており、各国間での情報共有を行う欧州デジタルシネマフォーラムも積極的に活動している。日本にもコンテンツ促進基本法が制定されてはいるが、責任をもって所管する省庁が明確で無い、いわゆる縦割り行政の弊害から、具体的なコンテンツ振興と、映像コンテンツを代表する映画産業の振興については単発的かつ数年単位での施策しか行われていない。
 
 さて、いわゆるハリウッド映画の上映には、デジタルシネマ規格に準拠したデジタルプロジェクターとシネマサーバーが必須であり、一千万円近い設備投資が必要となる。このために、ハリウッドを主体とした大手配給会社と、映画興行会社を仲介するかたちでバーチャル・プリント・フィー運営会社が存在している。旧来の35mm 映画プリントフィルムにかかっていた一作品毎のフィル現像費・物流経費が、デジタル配給ではJPEG2K により圧縮され、暗号化されたDCP データを記録した250GBのHDD を収納したフライトケースで搬送するために削減された経費をバーチャル・プリント・フィー運営会社が配給元より受け取り、デジタル上映機器の償却費用に充てると共に、映画館側からは毎月の機器使用料を受け取って償却費用の不足分を充当することになる。


 さて、ハリウッド映画の上映を行わない単館系映画館では、当然のことながらデジタル機器導入の原価償却も自己負担で行わなければいけない。観客が支払ったチケット代金のほぼ50%が映画館側の収入となるが、平日で数十人、週末でも数百人の観客しか集客できないことになると、月当たりの収入は百万程度にしかならない。この収入から設備投資の償却に回せる金額はせいぜい10 〜15 万程度であることから、低価格のデジタルシネマプロジェクターの登場が待望されていた。テキサスインスツルメンツ社は、この中小映画館市場を視野に入れたS2K チップを一昨年発表し、DLP-Cinema を供給する3 社がどのように展開するのかが注目されていた。

 

 

 図1 に示しているのが、DLP-Cinema向けDMD チップのラインアップである。プロジェクターに使用するキセノンランプを、35mm 映写機用キセノンランプと互換性を持たせるように0.98 インチサイズとした2K 解像度のDMD チップを進化させた1.3 インチの4K-DMD チップの技術から、0.7 インチ(正確には0.69 インチ)の2K-DMD チップを10m 未満のスクリーン向けとしてS2K チップとして展開している。


 このS2K チップを採用して最初に商品化したのがNEC ディスプレイソリューションズである。NC900C は、光源も業務用プロジェクターで使用されている高圧水銀ランプを採用し、かつプロジェクター内部に2TB のサーバーを内蔵させることにより、米国向け価格3 万ドルでオールインワンのDCI 準拠上映システムを構築できることを特徴としている。350W のランプを2 灯搭載しており、一つのランプが切れても上映が継続出来る仕様となっている。ゲイン1.8 のスクリーンで、9m 幅のスクリーンにて、DCI カラースペースで14 フィートランバートでの上映が可能としており、全白・全黒でのコントラスト比は1600:1 となっている。入力は、IMS ボード側に3Gbps のHDSDI2 系統と3 系統のUSB、そして1 系統のeSATA が付属している。オプションとして2 系統のdualHD-SDI に加えて、2 系統のDVI(HDCP 対応)に加えてEnigma(cinema server)対応入力もある。映像記録用のサーバーは2 テラバイトRaid5 が内蔵されており、一般的なDCP コンテンツが200 ギガバイト未満に圧縮されていることから、8 本の本編と予告編を記録可能なことから、時間帯によって上映作品を切り替える興業形態であっても1 週間分の本編を保存するには充分な記録容量である。また、最近話題となっている3D 上映時のハイ・フレーム・レートも48Hz,60Hz(片目ごとのフレームレート)対応となっている。 

 

 

図2 は、NEC に続いてS2K チップ搭載のD-Cinema プロジェクターを発表したBarco とChristie の機種である。NEC 以外の二社では、光源はキセノンランプであり、サーバー内蔵・非搭載などのバリエーションはあるが、NECのNC900C ほど単館系を意識した仕様とはなっていない。


 さて、このS2K チップ搭載機種は、あくまでもハリウッド映画上映対応可能なDCI 準拠の機種によるデジタル化が前提であるが、ハリウッド映画上映が不要な場合には業務用プロジェクターで、より安価にデジタル上映システムを構築する選択肢もある。

 

 図3 には、オーストリアからデジタルシネマ関連の情報を発信している“CineTech Geek”のサイトに投稿された低価格eCinema(DCI 規格に準拠しないデジタルシネマを意味している)の記事である。250 $のDCP プレイヤーソフト:digitAll が紹介されており、一般的なPCと、digitAll のソウフトウェアーにデジタルプロジェクターを組み合わせれば、1/6〜1/8 の価格でDCP 対応のデジタル上映システムが構築可能との紹介ビデオである。


 DCI 規格上映システムの根幹と言えるHD-SDI ケーブル経由のセキュリティーシステムであるCineLink の回避や、配給先に申請するDCI 準拠プロジェクターやシネマサーバーの機種名・シリアルナンバー・MAC アドレスに加えてシアター・スクリーンの公的認証ID についてどのように回避するのかは疑問であり、単なるMXF ラッピングされたデータの解読ソフトの可能性もある。
 
 2015 年には、ハリウッド映画のフィルムによる配給は完全に停止するが、BRICKS と称される新興経済圏を中心に2万〜3 万スクリーンはDCI 準拠に対応出来ない映画館が残存するとの観測もあり、DCI 規格と互換性の無いデジタル上映システムは傍流として生き残ることが充分に推測できる。先月号でも紹介した、中国版IMAX の“DMAX”上映システムは、伏線としてはデジタルシネマが話題になり出した初期に、中国共産党のプロパガンンダ映画を上映する共産党広報部門の巡回上映隊が、独自規格のDVD プレイヤーで上映を行っていた。ブルーレイとの覇権争いで敗退したHD-DVD は、特許実施権が中国に売却されているために、BRICKS 諸国向けに独自規格として映画上映用HD-DVD を推進する可能性は充分にあると筆者は考えている。

 


 インドでは、パナソニックのホール用DLP プロジェクターと独自の衛星配信システムを構築しているUFO ムービーズが配給スクリーン数を伸ばしている。図4 に同社のURL トップページを示しているが、インド国内で3、149 スクリーンに配給を行っている。このUFO ムービーズは、日本映画全盛時の三番館・四番館に相当する映画スクリーンのデジタル化であり、HD-D5に収録された映画コンテンツをMPEG4 で圧縮し、衛星で配信している。導入した映画館には、専用のシネマサーバーを設置し暗号化された映画コンテンツの暗号化解除とデコードを行っている。この専用サーバーと連携したネットワーク接続のチケット発券端末により、興業売り上げの透明化も同時に行っている。
 導入映画館からは、上映設備の保証金として一時金を預託してもらい、作品の上映毎に配給元と映画館から所定の金額を課金することによりUFO ムービーの運営経費をまかなっている。インドでは、英語とヒンズー語が公用語であるが、地域毎に異なる言語が使用されており、UFO ムービーズの配給対応言語も17 の言語対応となっている。映画館の料金も以前の統計では日本円換算で数十円程度であったことから、他国の映画では17 の言語対応を行っていると経費倒れとなってしまう。


 インドでは、年間1,000 本の新作映画が制作されているが、国内の1 万スクリーンの内で封切館に相当する1,000 スクリーンは、観客動員が続く限り興業を続けることから、封切館での興業枠待ちとなる作品が多数発生していると言われている。新興工業地域では所得水準も上がっていることから、アドラブ・グループのBig Screen 等のようにシネコンスタイルの映画興行チェーンも増えてきている。ただし、基本的には3 時間越えの作品を、途中休憩を含む形で上映し、館内の売店や売り子による場内販売、さらには映画館前の露天からの場所代収入で収益を上げる興業形式である。以前の連載記事でも紹介したが、名目売り上げでは2 割程度しかない売店の売り上げが、粗利益の5 割以上を占めているのが映画興業ビジネスの現実である。米国の大手映画興行チェーンでも、原点回帰と言えるシネコン内部での売り上げ向上策としてレストラン設置の動きが注目されている。
 
 日本のシネコン発祥の地は、神奈川県海老名市のワーナーマイカルであり、開場当初はR2D2 のポップコーンベンダーがスクリーン前に運び込まれ、上映時の注意事項の案内と共にポップコーンと飲み物の販売も行われていた。このワーナーマイカルシネマは、ワーナーブラザーズと旧マイカルの折半出資の映画興行会社であるが、イオングループがワーナーブラザーズの持ち株を買い取ることが発表されている。イオングループが既に運営しているイオンシネマと合わせると、東宝シネマチェーンを超える日本最大の映画興行チェーンが登場することになるが、日本映画全盛期の賑わいを復活させるためにも、多様なサービスの展開を期待するところである。


 また、フィルムによる映画興行市場がきわめて限定された市場となっていくことにより、日本映画全盛期での封切館・二番館・三番館といった興行形態がデジタルシネマで復活する可能性はあるのだろうか。封切館は当然のことながらDCI 準拠のデジタルプロジェクターとシネマサーバーを装備し、最も客席の多いスクリーンには4K チップ搭載のプロジェクターにより、ソニーのF65 やパナビジョンUltra で撮影された実効解像度4K コンテンツを上映可能とした現在のシネコンスタイルが相当する。二番館は、このS2K チップを搭載した機種により、話題作のリバイバル上映や独立系プロダクション作品の上映も行う形態を取ることが考えられる。そして三番館は、インドのUFO ムービーによるビジネスモデルのように、デジタル機材は貸与を受けて運営するビジネスモデルが考えられる。


 映画制作・配給側と興行側間での、チケット売上げの透明性確保とセキュリティー問題が担保でき、かつ最小限の運営コストでビジネスが展開できれば、駅ナカでのワンコイン・シネマやカルチャースクール等の集客力のある場所でミニシアターを展開する時期がそろそろ来て欲しいと考えている。

 

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