DCPカラーマネージメント-2

                  デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2009年9月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。 

 

先月号ではデジタルシネマ配給用マスターファイル(DCDM:Digital Cinema Distribution Master)を制作するまでのワークフローと12 ビットXYZ 等色関数による色信号符号化について紹介した。 
 DCDM へ変換する前のデジタル・ソース・マスター(DSM)については、先月号でも述べたように映像クリエーターが自由な芸術的表現を行えるようになんの制限も設けられていない。昨年の7 月から今年の4 月迄は、SAG(フィルムを使用した映画・ドラマ等に関わる俳優組合)ストライキの影響で、新規契約によるフィルム撮影ができなかったために、カメラレンタル最大手のパナビジョンでもジェネシスカメラがフル稼働していたが、現在でもフィルムによる撮影が主流であることに変わりはない。
 昨年のSMPTE ジャーナル5 月・6 月合併号に興味深いテクニカル・レポートが掲載されている。映画業界でアカデミーと呼ばれる米国の映画芸術科学協会でビジュアルエフェクト部門に所属しているリチャード・パターソン氏の“Evaluating Density Metrics for Scanning Motion Picture Negatives" と題する技術報告であり、ISO に規定されているフィルム・スキャナーでネガフィルムに使用されるステータスM 分光特性とSMPTE-RP180に記されているRGB 分光特性との詳細な比較検討結果を基にして、デジタル・インターミディエイトにより適合したアカデミー・プリント・デンシティーと称する新たなRGB 分光特性の提案である。
 このレポートには、2004 年にハリウッドを代表する3 カ所の現像所に同一のネガフィルムを持ち込んで10 ビットLOGのシネオンファイルに変換した結果が照会されている。各現像所によるデジタルスキャンの結果は、木立背景部のハイライト部分輝度バランス変動に加えて、手前の紅葉や背景部の黄色い木の葉、人物のポンチョの色等が明らかに変動している。この原因としては、フィルムスキャン用のRGB 分光特性であるステータスM とA(ポジフィルムのスキャンに使用)が決定された時点での映画用ネガフィルムと、現在使用されている映画用ネガフィルムの分光特性の差に起因するのかが問題となってくる。

 

 図1 に3 か所l の現像所で同一ネガをデジタルスキャンした映像と、ステータスM とAPD(アカデミー・プリント・デンシティー)の分光特性比較を示している。ステータスM の分光特性と比較してAPD では、Green の分光スペクトル分布をシャープにするとともに、Red のピーク波長を赤色側にシフトするとともにステータスM でのRed ピーク波長に相当する波長帯域に緩やかなショルダー部を設けている。ネガフィルム自体はシアン・マゼンタ・イエローの染料層で構成されており、スキャナーではタングステンランプやLED 光源による白色光を使用して光線透過率を測定することになる。SMPTE でもRP180-1995 にてステータスM とは異なるネガフィルムスキャンのRGB 分光特性を提案しているが、DI プロセスが主流となっている現在ではほとんど使用されていない。
 ステータスM は写真製版が主流であった過去の印刷業界では標準として普及しているが、デジタルシネマの最終的なカラーグレーディング環境の規格が整備され、12 ビットの色深度で映像が投影される基準試写室、さらにはRec.709 の色域ではあるものの10 ビットの色深度でデジタルディスプレイを日常的に使用する環境となりデジタル化された映像の色空間(再現)や諧調再現の変動が判別しやすくなったことに大きな要因がある。
 また、過去の作品についてもデジタルリマスターを含めたデジタルアーカイブ作業が日常的に行われるようになったことから、ステータスM のRGB 分光特性そのものを見直して、デジタルアー
カイブやDI プロセスに適合した新たなRGB 分光特性の検討が行われ、コダック5218 ネガフィルムにRGB 各6 段階(90,234,378,522,666,810)の色立方体を構成するカラーパッチを焼き付け
て2 種類のスキャナーで比較検討を行っている。
 ただし、フィルム・スキャナーの日常点検で行われる光線透過率キャリブレーション手順が正確に行われているかの検証手段の確立は大きな課題であり、先月号でも述べているようにフィルム以外の撮影手段やCG 映像も含めたデジタル・ルックの統一的な色空間(再現)と階調再現の管理が必要であることから、昨年のSMPTE テクニカルカンファレンスでは The “Esmeralda" Stage と題された発表が行われている。(Authors :Jonathan and Kay Erland, Speaker: Jonathan Erland, 150TH annualSMPTE Conference-SMPTE 2008,Image Acquisition Session) 図2 に示しているように色空間再現の指標となるマクベスチャートのカラーパッチとグレースケール・解像度チャートを額縁部分に配置し、肌色についてはマネキン人形にメーキャップをする形で時間的変動
をなくしている。ロサンジェルス交通局の地下鉄レッドラインのハリウッド・バイン駅から海側に向かって10 分ほど下っていったところにアカデミーのテクニカル・コミッティーがあるピックフォード・センターのビルがあるが、このビルの屋上にも設置してロサンジェルスの太陽光の下での色彩計測とフィルム・デジタルの比較撮影を行っている。

 

 

 CoSME でも資料画像として添付している通称“ チャイナガール" と称する肌色再現の基準となる女性とグレイスケールチャート、花などの記憶色が含まれている静物のカットと異なり、このエスメラルダ・ステージは移動・解体と長期間にわたって再現可能な撮影対象物として考慮されており、額縁部分の詳細な測色データとともに、マネキンの背景となる部分にグリーンバックやグレイバックを配置し、かつ背景部照明条件を各種調整できることから、室内から屋外までを含めてフィルムとデジタルでの色再現に関するデータ収集を行うことができる。
 このエスメラルダ・イーゼル・プロジェエクトも前述のAPD と同様に、アカデミーのテクニカル・コミッティーにもうけられている視覚効果部会が行っており、以前の連載でも紹介した米国撮影監督協会による撮影時の色空間関連情報をタイムコードと一体化してメタデータ化するCDL(カラー・デシジョン・リスト)なども含めて統合型カラーマネージメントシステム構築に向けて精力的な活動が行われている。余談ではあるが、アカデミーのテクニカル・コミッティーに常任ディレクターが設置された年が筆者の関わったデジタルシネマ標準化プロジェクトが始動した年であり、常
任ディレクターに就任直後であったアンディ・モルツ氏と2 時間にわたりへデジタルシネマ標準化プロジェクトの目的とするところについて意見交換を行ったことが懐かしく思い出される。アカデミーのテクニカル・コミッティーは同氏の就任に伴い事務局機能が強化されたことも相まって、デジタルアーカイブを含めてデジタル化に伴う様々な技術課題について積極的な活動を行っている。

 

 

表1 ディスプレイ表示でのXYZ絶対値と正規化値
  絶対値:XYZ 色度座標 輝度
X Y Z x y Y[cd/m2]
White Point 45.97 48.00 51.05 0.3170 0.3310 48.00
Red Primary 20.93 10.47 0.81 0.6500 0.3250 10.47
Green Primary 15.97 33.32 5.78 0.2900 0.6050 33.32
Blue Primary 9.06 4.21 44.46 0.1570 0.0730 4.21
  正規化:XYZ 色度座標 輝度
X Y Z x y Y[cd/m2]
White Point 0.9577 1.0000 1.0634 0.3170 0.3310 48.00
Red Primary 0.4361 0.2181 0.0168 0.6500 0.3250 10.47
Green Primary 0.3327 0.6941 0.1205 0.2900 0.6050 33.32
Blue Primary 0.1888 0.0878 0.9262 0.1570 0.0730 4.21
表2 基準プロジェクター表示でのXYZ絶対値と正規化値
  絶対値:XYZ 色度座標 輝度
X Y Z x y Y[cd/m2]
White Point 42.94 48.00 45.81 0.3140 0.3510 48.00
Red Primary 21.37 10.06 0.00 0.6800 0.3200 10.66
Green Primary 13.30 34.64 2.26 0.2650 0.6900 34.64
Blue Primary 8.28 3.31 43.59 0.1500 0.0600 3.31
  正規化:XYZ 色度座標 輝度
X Y Z x y Y[cd/m2]
White Point 0.8946 1.0000 0.9544 0.3140 0.3510 48.00
Red Primary 0.4453 0.2096 0.0001 0.6800 0.3200 10.66
Green Primary 0.2770 0.7216 0.0470 0.2650 0.6900 34.64
Blue Primary 0.1724 0.0690 0.9082 0.1500 0.0600 3.31

 

 さて、表1 と表2 にはディスプレイ表示と基準プロジェクターでDCDM の映像を評価する場合の絶対値と48cd/m2 でのY の値を1.0 として正規化したXYZ符号値、xy 色度座標値、輝度値Y を示
しているが、ディスプレイ表示では基準となる白色の色度座標値がx=0.317、y=3.331 となっているが、Rec.709 基準のディスプレイでガンマ2.34 の場合の値である。

 

 

 映画の撮影から編集に至る工程で、カラーグレーディングや初号試写と呼ばれる基準試写室での作業以外が大半を占める訳であり、その大半の工程で使用されるのはRec.709 のディスプレイである。一方で、DCDM の基準白色は昼光色を基準としたディスプレイとは異なり、図3 に示しているハリウッド地域での試写室や商業上映スクリーンでの実測値に準拠している。この測定結果は2001 年にニューヨークで開催された143 回SMPTE テクニカルカンファレンスにおいてMatt Cowan 氏が“White Paper: Considerations forChoosing White Point Chromaticityf o r D i g i t a l
Cinema" と題して発表した報告でありカリフォルニア州内124 カ所で、THX 認定となっている試写室や映画館のスクリーンの測定結果が主に集められている。注目すべきところは色温度が4700K
°から6800K°に分布し、97% が緑色側にシフトしていることである。この平均値はx=0.326、Y=0.352 となっている。この解析結果を基にしてデジタルプロジェクションにおける色温度が議論され、いわゆるハリウッドカラーともっとも親和性の高い白色の色温度としてx=0.314、y=0.351 が提案された。なお、この報告を行ったMattCowan 氏は3D デジタルシネマで有名なRealD 社の科学部門統括責任者となっている。
 撮影所や現像所・ポストプロダクションの現場では日々異なる映像ソースをハンドリングするわけであるが、撮影や素材受け入れ時の基準となるディスプレイと、基準試写室で投影されたDCDM 色空間とのいわゆる“ 見え:Look" の違いを目に焼き付けるとともに、再現可能な基準映像による色空間(再現)範囲の定期的な計測と校正結果が維持されることがデジタル時代の撮影所や現像所にとって技術的生命線ともいえる最重要課題となってくる。現実の色空間(再現)範囲の計測と校正作業では、いわゆる教科書の知識では理解できない色差Δ E の追い込みだけでは解決できない
問題が多々発生する。カラーメータで計測した測定結果についてもスペクトルデータから計算している測定値と、簡易型と称される数個のダイオードに補正フィルターを装着したタイプの測定器とではディスプレイが輝線スペクトルの輝度に依存している液晶ディスプレイでは色差Δ E の測定結果に大きな誤差が発生するし、測定対象となっているディスプレイやプロジェクターの輝度再現の直線性がどこまで正確に測定できているかで3D-LUT に設定する色差Δ E の補正料も全く異なった値となってくる。
 日本でも、東映東京撮影所のデジタルセンター着工や東宝砧撮影所のデジタルセンター竣工などフルデジタル化対応の動きが活発になってきているが、デファクトの存在しないデジタルカメラでの撮影素材とフィルム撮影素材、さらにカラーマネージメントの概念が乏しいのではと筆者が感じている下請け専業のCG プロダクションが納入してくる背景用などの美術素材としてのCG 映像を統一したデジタル・ルックで仕上げ作業を円滑に行うためには今月号で紹介させていただいたアカデミーのAPD やエスメラルダ・イーゼル、そしてASC-CDL などの動きが注目されるところである。

 

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