デジタルシネマの画質:黒の表現力

              デジタルルックラボ 川上 一郎

    本稿は、月刊FDI20131月号に掲載した記事をWEB掲載向けに再構成したものである。

デジタル・ルック・ラボ 川上一郎

 D上映時の輪郭ブレをなくす目的で、75年の歴史を持っている毎秒24コマ撮影の伝統を離れて、48コマ・60コマ・120コマへのハイ・フレーム・レートへの採用や、規格策定の動きが活発に行われている。毎秒24コマが動きの激しいシーンでは、明らかにダウンサンプリングとなるのは当然のことであるが、シャッター開角度を調整して、輪郭のブレ量を最適化することで映画としての表現を行ってきた伝統がある。ジェームス・キャメロンによるハイ・フレーム・レート撮影と上映による輪郭ブレ減少のデモ映像も、なぜかシャッター開角度を最適化したカットは含まれておらず、恣意的な宣伝映像では無いかと感じている。いわゆる高解像度が高画質であるとの単純な意見と同様に、ハイ・フレーム・レートが高画質であるとの意見は、毎秒24コマの制約の中で、どのように映像を作っていくのかというクリエイティブな視点は存在しない。

 

 さて、映画の持っている映像表現力で最も重要なキーワードは、“黒(暗部)のしまり”であると筆者は考えている。家庭での視聴環境では、日常生活で不便を感じない明るさの中で視聴することから、映像の中の黒は環境光の照度に加えて、テレビ画面への周辺物の映り込みがあることから50:1〜100:1程度のコントラスト比にしかならないのが現状である。デジタルシネマでは、映画館内での環境光輝度が0.003cd/m未満と規定されており、ピーク輝度48cd/m(シアターでは±10.2cd/m) とのコントラスト比(全白・全黒)が1200:1以上となることが推奨されている。この、コントラスト比は、スクリーン全面にピーク輝度の白を投影した場合と、輝度値ゼロの黒を投影した場合のコントラスト比であるが、実際の映像シーンでの“黒(暗部)のしまり”は白黒の格子パターン(チェッカーボード)で測定し、150:1以上のコントラスト比があることが推奨されている。

 

 図1は、実際の映画館内で、コントラスト比を阻害する要因を示している。まず、デジタルプロジェクターから投影された白黒の格子パターンは、映写室と観客席間の防音の為に設置された映写窓の影響を受ける。映写窓に使用されるガラスは、高透過率で表面反射の少ないガラスが使用されるが反射率は1〜8%、光線透過率も88〜98%である。また、スクリーン背面に設置されたスピーカーの音が直接反射しないように傾斜角をつけて設置されることから、平行収差も発生することになる。

 そして、館内の空気によるレイリー散乱(晴天の空が青いのは、このレイリー散乱による効果である)と、微粒子によるミー散乱でコントラスト比は低下することになる。また、映写窓の近くに、空調の温度差を伴う気流があると“陽炎”が発生し、コントラスト低下とともに画面の揺らぎが視認される場合もある。

 

 次に、映画スクリーンには開口面積比率で5〜8%のサウンドホールが開いており、この開口部を通してバックヤードに入り込んだ光の再反射がある。最近のスクリーンでは、背面側に金属蒸着加工や灰色のフィルムを積層してバックヤードからの再反射によるコントラスト低下処理を行っている製品もある。特に、撮影所やポスプロでグレーディングを行う試写室には、この裏面処理を行ったスクリーンの設置が必要となってくる。

 

 天井・側壁・客席からのスクリーンに対する再反射は、スクリーン面でのコントラスト低下に最も大きな影響を与えることになる。図2には、スクリーンに対する抑制コントラストの簡易計算方法を示している。この簡易計算法では、館内の天井・客席・後壁・通路・側壁の実面積から、スクリーンから再反射するときの投影角度を考慮して各部分のスクリーンに対して再反射する面積比率を決定する。次に、各部分の反射率を測定して各部分の面積比率に乗算し、全ての反射率の合計を求める。スクリーン面積と館内総面積の比率に、この反射率の合計を乗算し、さらに100を乗算した結果がスクリーンに投影された光量に対する館内からの反射量が求められる。

 

 また、天井灯や非常口誘導灯、そして足下誘導灯からの光がスクリーンコントラストに影響を与えることになる。なお、現実の問題としては季節により観客の着衣が白色主体となったり、黒色が主体となったりして観客からの再反射の影響も現実には問題となるが、この簡易計算法での客席部分の反射率を増減させて影響を推察する方法もある。

 

 さて、昨年3月フランス・カンヌで開催されたCNCのカンファレンスにおいて問題提起された2D上映時のシルバースクリーンによるホットスポット(白抜け・白飛び)と、輝度不均一性が波紋を広げている。デジタルシネマでは、画面内の輝度ムラは周辺部で75%〜90%以内とすることが推奨されているが、3D上映用のシルバースクリーンで2D上映を行うとスクリーン両サイドの輝度ムラは40%以上となることに加えて、輝度の高い部分(肌色や空など)が白抜け・白飛びを起こしてしまい、映画作品の画質を著しく損なう現象である。

 

 この現象は、パッシブ型3D上映(リアルD、マスターイメージ等)で使用される偏光特性を維持しながら、映像の入射方向に対して200%以上の反射率を持たせたシルバースクリーンで発生することは以前から知られていた。この対策として、2D上映時にはキセノンランプのワット数を半分にする等が映画館では行われていたが、白抜け・白飛びの発生防止効果としては完全なものでは無い。

 

 また、米国ではスクリーンに曲率を持たせたカーブスクリーンが多く設置されているが、このカーブスクリーンによる客席で観察されるスクリーンゲインの特性について紹介する。

 

 42フィート(アスペクト比1.85:1)のスクリーンが設置された300席の映画館で、ゲイン1.0、1.4、1.8、2.2,2.4の異なるゲインのスクリーンを設置して計測を行っている。

 

 まず、ゲイン1.0となる完全拡散反射に近いマットスクリーンでは20:1カーブスクリーン(5%曲率)では客席後列・前列ともに中央部と左右両端部でのスクリーンゲインは約10%の変動範囲となっている。これに対してフラットスクリーンでは、中央部と左右両端部でのスクリーンゲインは約5%の変動範囲であり、スクリーンの輝度均一性はフラットスクリーンが優れていることがわかる。

 

 次に、ゲイン1.4(米国で一般的に使用されているスクリーンはゲイン1.3であるあ)のスクリーンでは、カーブスクリーンの場合、客席後列で中央部と両端部16%強のゲイン誤差が発生し、最前列では約8%のゲイン誤差となっている。フラットスクリーンでは、後列で約8%、最前列で約7%となっている。

 

 さて、ゲイン2.4のシルバースクリーンでは、カーブスクリーンの場合、後列でスクリーン中心部のゲインが2.45に対して、左右の客席ではゲインが1.9にまで低下しており23%のゲイン誤差となっている。最前列では、中心部0.77に対して左右両端が0.35にまで低下しておりゲイン誤差は55%と極端に悪化している。フラットスクリーンでは、最後列で中心部が2.3、左右両端で1.8と約22%のゲイン誤差であり、最前列では中心部0.7に対して左右両端が0.38となりゲイン誤差は約46%である。

 

 入射光軸に対する反射光量の特性では、ゲイン2.5が2.0に低下する角度は15度未満であり、20度ではゲインが1.5にまで低下していることから、3D映画をパッシブ方式で鑑賞する場合には、スクリーン中心軸から左右に5列程度の範囲で鑑賞すると、画面両端での光量低下もあまり気にならない。

 ただし、2D上映時にはスクリーン左右の光量低下が10%以上発生することになり、フランスでの指摘のように2D映画鑑賞には適していないことは明らかである。スクリーン自体が光量を増幅する機能を持っているわけでは無く、あくまでも表面に塗布や練り込んだ材料の反射特性に指向性を持たせ、結果として光線の入射光軸に対して、よりたくさんの光を反射させることが目的であり、2D上映時の色味の変化が無く、きっちりと黒が引き締まって見える特性とは相反している。

 

 天井部に空間があれば、バトンで上下させるのが最善であるが、数スクリーンしか無い小規模映画館の場合にはシルバースクリーンの固定設置は、上映可能な映画作品が3Dに限定されてしまうことから、フランスの場合にはパッシブ型3Dスクリーンの増加について懸念が表明されるのも当然といえる。

 

 なお、スクリーンのゲイン測定方法については、図に示しているように入射光軸に対して5度以内の角度で、スクリーンの中心付近を輝度計で計測することが規格となっているが、現在の3D上映方式の多様化などで問題となっている、観客席への指向特性の正しい評価方法も含めて議論が高まっている。また、スクリーン面での輝度均一性測定方法についても現行のチェッカーボードパターンでの測定では周辺部の影響が加味されていないことから、より実態にあった測定手法についての議論が始まっている。

 今後も、映画館で鑑賞するデジタルシネマの画質が映像コンテンツの最上位であり続けるためには、映画館上映環境での黒のしまり、そして家庭では味わえない音響が必須であると筆者は感じている。朝一番での輝度レベル確認に加えて、定期的な画面内輝度分布の確認、そして色均一性の確認が上映側の画質保証に関わる責任範囲だとしたら、配給側はより低圧縮率のDCP素材を配給して頂きたいものである。現状の、シネマサーバー〜プロジェクター間のデータ伝送レートが250Mbpsのままでフレームレートだけを増加させることは、単純にJPEG2Kでの圧縮率を上げる方法でしか対応できないために、輪郭ブレを現象させた効果よりも、周波数成分を抜かれてしまった画質低下の問題が大きくなってしまう。

 

 この、サーバー〜プロジェクター間のデータ伝送レート改善は、サーバーやプロジェクターのファームウェア書き換えのみで対応できる組み合わせや、ハードウェア更新の必要な組み合わせ等があり、一筋縄ではいかないところがある。また、費用負担の問題もVPFによるデジタル機器の場合はどのような経費負担となるのかは、興味深いところである。

 

 日本国内も85%のスクリーンがデジタル化され、DLP-Cinema機を販売する3社から低価格のS2K機が勢揃いしたが、今後の単館系映画館のデジタル化動向が気にかかるところである。中国では、国立研究所である電影科学技術研究院の支援を受けて、中国製の大画面上映システムであるDMAXがオープンした。米国第二位の映画興行チェーンであるAMCを買収し、世界最大の映画興行チェーンとなったWANDAグループの今後の展開も含めて中国の映画興行市場がどのように改革開放へと進むのかが注目される。すでに、海外作品の上映枠は30本にまで拡大しているが、日本映画についての公開枠は作品次第とのニュアンスである。

  

引用文献

“The Black Paper : How black affects image quality”, Matt Cowan, Loren Nielsen, Entertainment Technology Consultants, www.etconsult.com , April 17,2004

Screen Size: The Impact of Picture and Sound, Ioan Allen, SMPTE Journal, May 1999, P.284-289

The Effective Gain of a Projection Screen in an Auditorium,Marty Richards, Principal Engineer, Dolby Laboratories, SMPTE Mot.Imag.J, October 1,2010 vol.119 no 7 62-67

SPECTRAL™ 240 3D MP, FRONT PROJECTION SCREEN DATA SHEET ,Document Ref DS-048 Issue 9 June 2010, HARKNESS

“Color and Mastering for Digital Cinema”, Glenn Kennel, Focal Press, ISBN-13:978-0-240-80874-1, ISBN-10:0-240-80874-6

 

 

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