アカデミー色符号化仕様(ACES)の概要

                          デジタルルックラボ 川上 一郎

本稿は(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2012年1月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

12 月6 日から香港で開催されたCineAsia2011 で、クリスティーが累計2 万6 千台の出荷を達成し、バルコも累計2 万台の出荷達成をプレスリリースした。

 クリスティーはDLP シネマプロジェクターの市場占有率50%を、バルコは同様に40%のシェアを占めていると発表していることから、全世界でのDLP シネマ出荷台数は5万1千台を突破したことになる。ソニーのSXRD も9 月の新聞発表で累計出荷実績が1 万台を突破したと発表したことから映画興行でのフルデジタル化は急速に進んでいる。


 デジタルシネマのカラーマネージメントについては2009 年8 月号でデジタルシネマ配給用パッケージ:DCP のワークフローについて紹介し、2009 年09 月号ではカラーネガ・フィルムスキャン時のRGB分光特性管理の問題と、多様なデジタル撮像素子の登場に加えてLED 照明に代表される半導体光源の登場によりカラーマネージメントが最大の問題となってきている。


今月号では、アカデミー(AMPAS:Academy of Motion Picture Arts and Sciences 米国の映画芸術科学協会)がSMPTE に提案し現在規格化作業中であるACES(Academy Color Exchange Specification アカデミー色符号化仕様、以下ACES と略称する) の概要について紹介する。この記事は、Academy of Motion Picture Arts and Sciences (A.M.P.A.S.) Specification S-2008-001, Academy Color Encoding Specification (ACES).を引用して執筆しており、SMPTE での最終規格が間もなく公開されるので、詳細については公開された規格を参照いただきたい。ACES は、多様な映像入力手段があることからアカデミー独自の色応答関数も定義し、撮影から編集、仕上げ、配給、上映に至るワークフローの中で最も混乱しやすいカラーマネージメントについて一貫したパイプラインを構築することを目的に提案されている。


 

ACES-RGB のデータ形式は16 ビット符号化浮動小数点であり、-65504.0 〜+65504.0 の広いダイナミックレンジで色空間を表現している。表にはACES-RGBと基準白色のxy 色度座標を示している。図1 は多様な撮像素子や映像制作集団から構成される映像ソースをACES のイメージに変換するワークフローを示している。映画製作に使用されるデジタル撮像素子は、当然のことながら機種毎に異なるRGB 色応答特性を持っていることから、同一のシーンを撮影したとしても映像ファイルに記録されたデジタルRGB データが表現している映像は異なっている。さらに、撮影時のレンズデータ(絞り、焦点位置、レンズ画角、etc)やカメラデータ(ガンマ、フデータ付与もARII-AREXA では実装されて運用が開始されており、フィルム撮影時の各シーン間の露光条件補正を行っていた所謂タイミング作業がCDL の利用によりデジタルタイミングとして自動化されるところまで来ており、他のカメラメーカーへの普及が期待されているところである。同様にCG による映像でも、製作された色空間については個々の納品映像毎に異なっている。2009 年9 月号で紹介したAPD(Academy Print Density:アカデミー・プリント濃度基準)は、同一のカラーネガを、ハリウッドを代表する三カ所の現像所でレーザースキャンしたデータのバラツキから,カラーネガをスキャンする場合のRGB 濃度校正手段とカラーネガRGB 濃度プロファイルを定義したものである。


 

図1 の中段は、デジタルシネマの上映時に標準色空間を投影できる基準プロジェクター(この意味は物理的に存在するプロジェクターを意味するものでは無く、理想的な色再現特性を持った標準といえる理想的なプロジェクターを意味している)と同様な意味合いで、ACES で規定しているACES-RGB の色応答関数に基づく仮想的なに標準映像入力素子を意味している。この、標準映像入力素子(RICD:Reference Input Capture Device)が出力するデジタルRGB 値が、アカデミーによるハリウッドの標準化映像データ交換の枠組みとなるIIF(Image Interchange Framework)の基準データとなる。このIIF の中にACESでの色空間管理テーブルと、入力側の個別機器のACES に対する色空間変換係数と出力側機器への色空間管理テーブルが組み込まれればパイプラインとして完成することになる。


 

図3 にはACES-RGB の個別色応答関数波形を示している。この波形のみを見れば、CIE-XYZ と何も変化していないように見えるが、X,Y,Z の色応答関数名を、わざわざACES-Red、ACES-Green、ACES-Blueとして新規定義したところが面白いところである。

 

 


 図4 は、各応答関数のそれぞれの最大値を1.0 として正規化処理を行ったACESRGB応答関数の波形と、同様に各応答関数のそれぞれの最大値を1.0 として正規化処理を行ったCIE-XYZ 応答関数の波形を比較している。図4 で明らかなように、CIEXYZ色応答関数のY に対して短波長側にACES-RGB のG 応答関数ピーク波長がシフトして定義されていることから、図6 に示すようにデジタルシネマ配給パッケージで使用されるDCP の基準白色xy 色度座標とはことなり、太陽光による昼光軌跡上の6200° K 付近にACES-RGB の基準白色xy 色度座標が設定されている。当然のことながら、昼光軌跡上に白色が定義されたことからACES-RGB 値も等色となる。この、新たに定義されたG 応答関数のピーク位置シフトの根拠については不明であるが、デジタルシネマにおけるカラーマネージメントの問題点としてシアンのカラーグレーディングと、フルデジタル移行時の基準白色についての議論が3 〜4 年前から行われてきている。デジタルシネマの白色が昼光軌跡上に存在しないために、CIE-XYZ 三刺激値も個々の正規化処理を正確に行わないと輝度成分であるY の値が異なって変換されるために、人間の色覚にとって鋭敏な色であるシアンの色相ズレが発生することになる。


CIE-XYZ 色応答関数については以前のカラーマネージメント関連の連載でも紹介しているが、xy 色度座標による単純幾何計算で混色した場合の色度座標が計算できること以外には利点が無いことから、xy 色度と実際の視覚で認知される色ズレを補正するために様々なLab やLuv 等の均等色空間の定義が行われてきた。しかし、元となっているCIE-XYZ 色応答関数の問題から、色にかかわる取引で現物見本が必須となっているのが現状である。特に、Y 応答関数は人間の輝度感知特性と一致するように選定され、X とZ 応答関数は前述のようにxy色度座標による単純幾何計算を目的に作られた色応答関数であり、人間の視覚細胞で色を知覚しているLMS 錐体細胞の分光特性との関連性は無い。

 

 

 

今回のアカデミーのチャレンジにより、CIE-XYZ のしがらみから少し離れて、理想的な撮像素子による色応答関数が決まったことから図1 に示しているように個々のデジタル映画撮影素子の入力応答特性変換係数(IDT:Input Device Transform)が決定されれば、図2 に示すよう基準レンダリング変換係数(RRT:Reference Rendering Transform) と出力デバイス変換係数(ODT:Output Device Transform) の処理によりデジタルシネマ規格に基づくデジタルプロジェクター上映までのカラーマネージメントワークフローが確立することになる。各社から提供されている編集システムやカラーグレーディングシステムへACES を実装する段階がくれば、現在のポストプロダクションで最も時間効率が問題となっており、かつグレーディング室の処理能力でポストプロダクションの売り上げが大きく左右される現状で大きな効果が期待されるところである。


図5 にはACES で規定しているマクベスカラーチェッカーのACES-RGB 値と、xy 色度座標を模擬する形でr=R/(R+G+B),g=G/(R+G+B) を計算し、同様に1nm 単位で記載されているACESRGB色応答関数から各波長毎のACES-rg値を計算してプロットした図にカラーチェッカーのrg 色度座標を重ねている。実際に運用するには、ここのカラーチェッカーの色相を計測しながら個別のルックアップテーブル(LUT)を補正していく必要がある。このLUT 補正についてもACES により出力色空間符号化変換(OCES:OutputColor Encoding Space)の定義が確立されてくれば大半の作業が自動化され、本来の映像作品の仕上げに専念することができ
ることになる。現時点でACES に対応したモニターはドルビーのPRM-4200 のみであるが、現在SMPTE ではST2065-1 としてドラフト案の最終審議中であることから、規格確定後にはデジタルシネマ制作現場で汎用的に使用されていくと感じている。

 

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