欧州映画興行の動向と第2 世代デジタルシネマの話題

                        デジタルルックラボ 川上 一郎

 本稿は(株)ユニワールド発行の月刊FDI 2014年6月号に連載した記事をWEB閲覧用に筆者が再編集したものである。

 

 

 昨年から消えゆくフィルムを名残惜しんでフィルム撮影を行う作品も見受けられるが、北米大陸ではニューヨークとカナダの現像所しか稼働していない。表1 には欧州委員会のメディア振興委員会の支援を受けているイタリアのメディアセールス社が発行しているデジタルシネマに関する年報“DiGiTalk 2013”による世界の地域別デジタルスクリーン数集計である。

 

1 世界の地域別デジタルスクリーン数推移(1月1日集計)
地域 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
アフリカ&中近東 0 1 1 3 3 27 75 289 400 659 970
アジア・太平洋 61 138 207 354 786 1,458 3,469 8,237 15,450 23,151 30,050
欧州 30 55 205 527 897 1,535 4,684 10,335 18,265 25,084 30,402
ラテンアメリカ 10 11 16 21 26 48 485 1,670 2,600 4,821 7,980
北アメリカ 80 86 173 1,957 4,576 5,660 7,934 15,654 26,500 36,286 40,085
合計 181 291 602 2,862 6,288 8,728 16,647 36,185 63,215 90,001 109,487
資料出所 Media Sales ”DiGiTalk2013” http://www.mediasalles.it/digitalk2013/


 2014 年1 月1 日時点で、全世界のデジタルスクリーン数は109,487 スクリーンに達しており、フィルム上映スクリーンは残り2 〜3 万スクリーンと推定されているが今年中に欧州地域でのフィルム配給も停止されることから来年時点でどれほどのフィルムスクリーンが残っているのかは“神のみぞ知る”の状態である。最終的に1,000〜3,000 スクリーン程度はデッドストックとなった配給用プリントフィルムを補修しながら上映を続けるのか、フランス等の個人経営映画館でコストを意識せずにフィルムによる上映を続けていくのかの二者択一になる可能性が強い。


 米国・カナダで構成される北アメリカではデジタルスクリーン数が40,085 に達しており、フィルム配給が停止された現在ではデジタル・デスと称される廃業せざるをえない映画館が相次いでいる。アジア・太平洋地域では中国が10,000 スクリーンを突破したが不動産バブル崩壊の観測もあり現在の$12.2 と高騰しているチケット料金と併せて考えると12,000 スクリーン程度で飽和しそうである。


 

表2 世界各国の映画鑑賞料金
順位 国名 価格 調査年 一人当たりGDP 調査年
1 サウジアラビア   $60.0 2014 $25,136 2012
2 アンゴラ   $21.5 2014 $5,485 2012
3 スイス  $20.2 2014 $79,052 2012
4 ノルウェー $18.1 2014 $99,558 2012
5 日本 $17.7 2014 $46,720 2012
7 スウェーデン $16.8 2014 $55,245 2012
11 オーストラリア   $15.2 2014 $67,036 2012
18 英国  $13.3 2014 $38,514 2012
23 フランス $12.3 2014 $39,772 2012
27 ドイツ $12.3 2014 $41,514 2012
28 中国 $12.2 2014 $6,188 2012
33 イタリア $10.9 2014 $33,049 2012
40 カナダ $10.8 2014 $52,219 2012
46 米国   $10.0 2014 $49,965 2012
61 韓国 $8.4 2014 $22,590 2012
63  ロシア $8.3 2014 $14,037 2012
76 ブラジル $7.7 2014 $11,340 2012
132 メキシコ $4.5 2014 $9,747 2012
161 インド   $3.2 2014 $1,489 2012
173 キューバ $0.1 2014 $5,383 2008
資料出所:NationMaster        
Cost of living > Cinema ticket price > International release: Countries Compared
http://www.nationmaster.com/country-info/stats/Cost-of-living/Cinema-ticket-price/International-release

 

 また、インドは現在3,000 スクリーン程度がデジタルされてきているが、残り7,000 スクリーンのデジタル化は表2 に示しているように映画館のチケット代金が3.2 ドルであり、DVD 画質のいわゆるe-Cinema に転換していく可能性が強く、すでにDVD レベルのデジタル配信を行っているUFO シネマ等のビジネスが定着するとの観測がある。


 この状況はラテンアメリカ地域でも同様であり、ブラジルがワールドカップやオリンピックを控えたバブル状態で7.7 ドルまでチケット料金が上がっているが、メキシコの4.5 ドルが現実的なチケット料金の相場であることから、最終的にはラテンアメリカ地域全体で15,000 スクリーン程度で飽和すると筆者は考えている。


 さて、数年前までは日本がダントツの映画チケット料金であったが、2012 年度の映画鑑賞料金ランキングでは、第1 位がサウジアラビアで、実に60 ドルの価格であり、コンサートの特別席を思わせる高価格である。第2 位がアンゴら、第3 スイス、第四位がノルウェー、そして日本は第五位位の17.7 ドルと報告されている。日本でのレディースデイやシニア割引、そして高校生割引などの“映画館へ行こう”キャンペーンの効果も現れてきているが、筆者としては米国のような時間帯による各種割引が映画館毎に行われている自由な料金体系に移行するのが本来の映画ビジネスではと考えている。


 英国は18.8 ドル、フランスとドイツが12.3 ドルである中で、中国の12.2 ドルはどう考えても高すぎるチケット料金である。この中国のチケット料金については、映画館側への分配率が60%に統制されていることに加えて、都市部の再開発地域に集中して建設されていることから不動産バブルが崩壊するまでは高止まりのままで推移しそうである。都市部と農村部の所得格差も5 倍を超えているとの報道もあるなかで地方都市への映画館普及が今後どの程度進捗するのかは興味深く、現在の年間20作品の海外枠も映画興行側の要請でさらに拡大していくのかが注目されている。


 さて、欧州地域の現状については欧州委員会のメディア振興基金の助成を受けてデジタルシネマ黎明期から欧州全域のデジタル化進捗状況を報告しているイタリアのメディアセールス社が発刊している欧州シネ
マブックとDiGiTalk から欧州の動向を報告させていただく。

 

表3 欧州のデジタル映画館数とスクリーン数の推移 (各年1月1日集計)
項目 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
デジタル映画館数 27 45 148 358 550 821 2,366 4,107 5,723 7,832
デジタルスクリーン数 30 55 204 527 897 1,535 4,684 10,335 18,265 25,084
平均スクリーン数 1.1 1.2 1.4 1.5 1.6 1.9 1 2.5 3.2 3.2
デジタル化進捗率 0.2% 0.3% 0.9% 2.3% 3.6% 6.3% 18.5% 32.6% 45.0% 62.3%
デジタルスクリーン比率 0.1% 0.2% 0.6% 1.5% 2.6% 4.4% 13.3% 29.1% 50.5% 68.7%
資料出所 Media Sales ”DiGiTalk2013” http://www.mediasalles.it/digitalk2013/

 

表3 には欧州地域全体のデジタル化進捗状況を示しており、2004年には27 館、30 スクリーンであったデジタル映画館が、2013 年初頭には7,832館で25,084 スクリーンまでになっている。このデジタル化進捗については、欧州委員会による欧州域内で制作されたメディアの市場シェア拡大に向けた手厚い助成制度があることは言うまでも無い。

 

 すでに、ノルウェー・オランダ・ルクセンブルグ・リヒテンシュタインの四カ国が完全デジタル化を達成しており、英国・フランス等の7 カ国が90%以上のデジタル化を達成している。この一方でドイツは68%、イタリーも55%、そしてスペインは45%とデジタル化が進んでいない国も多く、欧州地域全体でのデジタル化進捗率は今年1 月1 日時点で69%、25,084 スクリーンとなっている。この中で、個人経営の単館が多かったフランスが94%のデジタル化を達成しており、映画振興委員会の支援が手厚いことがわかる。

 

 

表4 欧州地域国別デジタル化進捗状況
国名 デジタル化映画館数 デジタル化映画館比率 デジタルスクリーン数 スクリーンデジタル化率 3Dスクリーン数
アンドラ 1 100% 3 60% 3
オーストリア 117 77% 508 90% 299
ベルギー 92 91% 480 97% 150
ブルガリア 23 64% 101 67% 105
クロアチア 14 18% 100 61%  
キプロス 6 100% 21 60% 16
チェコ共和国 185 30% 383 46% 268
デンマーク 157 100% 392 97% 240
エストニア 5 11% 18 26% 13
フィンランド 135 83% 250 88% 198
フランス 1,677 82% 5,150 94% 2,920
ドイツ 988 60% 3,134 68% 1,839
ギリシア 52 22% 81 17% 83
ハンガリー 50 31% 250 66% 116
アイスランド 11 73% 35 90% 26
アイルランド 53 72% 289 61% 190
イタリー 756 46% 2,112 55% 1,155
ラトビア 6 23% 28 44%  
リヒテンシュタイン 2 100% 2 100%  
リトアニア 12 38% 21 25% 19
ルクセンブルグ 14 100% 34 100% 15
マルタ 4 57% 22 58%  
オランダ 241 100% 808 100% 417
ノルウェー 196 100% 415 100% 265
ポーランド 206 46% 827 71% 646
ポルトガル 73 46% 392 71% 182
ルーマニア 34 42% 136 52% 27
ロシア連邦 877 85% 2,100 68% 2,188
セルビア 11 14% 29 25%  
スロバキア 45 31% 113 52% 78
スロベニア 11 22% 18 16%  
スペイン 398 47% 1,800 45% 980
スウェーデン 302 65% 634 78% 434
スイス 247 89% 494 92%  
トルコ 180 32% 360 17% 302
英国 651 85% 3,544 93% 1,629
欧州地域合計 7,832 62% 25,084 69%
資料出所 Media Sales ”DiGiTalk2013” http://www.mediasalles.it/digitalk2013/
註)3Dスクリーン数は2013年6月30日集計(http://www.mediasalles.it/ybk2013/index.html)

 

表5 欧州各国の観客動員と興行収入動向(2012-2013)
  観客動員(100万人単位) 興行収入(100万ユーロ) 自国映画シェア[%]
国名 2012 2013 変化率% 通貨 2012 2013 変化率 2012 2013
オーストリア 16.4 15.2 -7.5 EUR 131.9 124.6 -5.5 3.6 4.2
ベルギー 21.9 20.9 -4.3 EUR 158.8 162.7 2.5 - 12.9
ブルガリア 4.1 4.8 16.7 BGN 17.4 20.3 16.9 4.8 0.6
キプロス 0.8 0.6 -24.4 EUR 6.3 4.9 -22.5 n.c. 0.1
チェコ 11.2 11.1 -1.1 CZK 50.8 54.8 7.9 24.3 24.2
ドイツ 135.1 129.7 -4.0 EUR 1033 1023 -1.0 18.1 26.2
デンマーク 13.6 13.6 -0.2 DKK 141.5 141 -0.3 28.7 30
エストニア 2.6 2.6 -1.1 EUR 11.4 11.8 3.3 7.6 5.9
スペイン 93.6 78.2 -16.4 EUR 611.1 504.1 -17.5 17 14
フィンランド 8.4 7.8 -6.9 EUR 78.8 76 -3.5 28.1 23
フランス 203.6 193.6 -4.9 EUR 1305.6 - - 40.3 33.8
英国 172.5 165.5 -4.0 GBp 1355.4 1275.4 -5.9 32.1 21.5
ギリシア 10.1 9.2 -9.0 EUR 70.2 59.3 -15.5 6.9 7.2
クロアチア 4.1 4 -1.6 HRK 14.9 15.9 6.8 8.6 11.1
ハンガリー 9.5 10.1 6.8 HUF 41.6 45.9 10.1 1.5 1.5
アイルランド 15.4 14.7 n.c. EUR 108.3 102.8 n.c. 4 0.9
イタリー 100.1 106.7 6.6 EUR 637.1 646.3 1.4 26.5 31
ルフトハンザ 3 3.3 7.8 LTL 11.8 13.1 10.9 2.8 16.5
ルクセンブルグ 1.3 1.2 -3.4 EUR 9.4 9.2 -2.9 nc 3.6
ラトビア 2.3 2.4 4.0 LVL 9.9 10.3 4.1 4.1 4.6
マルタ 0.7 0.7 -6.9 EUR 4 3.7 -7.0 n.c. n.c.
オランダ 30.6 30.8 0.8 EUR 244.6 249.5 2.0 15.8 20.6
ポーランド 38.5 36.3 -5.6 PLN 170.4 158.4 -7.0 19 20.4
ポルトガル 13.8 12.5 -9.2 EUR 74 65.5 -11.4 5.3 3.4
ルーマニア 8.3 9 8.4 RON 32.5 36.3 11.6 3.6 2.8
スウェーデン 17.9 16.6 -7.5 SEK 208.7 190.1 -8.9 21.8 24.8
スロベニア 2.7 2.3 -14.8 EUR 12 11.1 -7.6 4.8 10.9
スロバキア 3.4 3.7 8.4 EUR 17.5 19 8.3 3.1 4.4
EU28カ国合計 946 907 -4.1 EUR 6569 6285 -4.3    
資料出所 European Audiovisual Obsevatiry

 

 表5 には、昨年・一昨年での観客動員と興行収入、そして自国映画シェアをしめしている。昨今の欧州全体の景気低迷を受けて大半の国が観客動員の低下が目立っている。欧州委員会が注力している欧州域内で制作された映画の市場拡大については前途多難であり、欧州一の映画大国であるフランスでも自国映画のシェアは33%にとどまっている。各国の映画振興委員会は映画制作への補助金(フランスでは制作費の3割助成)やDCP 作成費用の助成を行っている。日本では、このような公的助成が無いにもかかわらず日本映画のシェアが6 割を超えているのは日本マジックとしか言いようのない現象である。

 

 以前訪問したノルウェー映画振興委員会では国立図書館と連携して国内で制作された映画作品のビデオライブラリーとネットでの有料視聴サイトを運営していた。映画振興委員会のサイトでは作品の上映スク
ジュール等の情報に加えてDVD 購入も行える等のサービスも行っていたが、日本でも同じ枠組みがあれば新人監督の作品に触れる機会がどれだけ増えるのか期待されるところである。国内のDVD ショップ店頭
に並べてもらうには映画祭での受賞などの話題作りが必要であるが、作品が話題を呼び、全国公開まで一人歩きして行く事例は極端に少ない。米国で長年インディペンデンス映画の登竜門として注目されているサ
ンダンス映画祭も映画興行チェーンでの上映には限界があることから、数年前から映画祭出展作品の映画祭と同時にDVD 公開するとともに。西海岸・東海岸での独自興行チェーン展開を図っている。

 さて、第2 世代デジタルシネマに向けた新しい話題としてトレーラー型デジタルシネマがある。昨年から米国での封切り作品イベント等に姿を見せだしたトレーラー型のデジタルシネマである。標準的な2D +3D 上映用のシステムでは、91 席の客席で、14 フィートスクリーンを備えており、二つのレストルームと売店も完備している。当然のことながら映画には欠かせないポップコーンマシーンも搭載されており、50KW の発電機もトレーラー後部に搭載されている。

 

 以前からフィルム映写機を搭載した類似の移動型映画館は存在していたが、デジタル化の恩恵を受けて一挙に進化し、5.1チャンネルデジタルサラウンドも搭載し、“Gravity”等の封切り作品の宣伝活動に加えて、移動型カンファレンスルームとしての活用など幅広い分野での利用に答える機能を持たしている。

 

 この移動型デジタルシネマシステムを利用して是非日本で活用していただきたいのが文部省特選映画の鑑賞会である。7,000スクリーンを超えた映画館が日本中にあった時代であれば国鉄の急行停車駅には必ず映画館があり、特選映画を鑑賞できる機会が日本中の小中学生にあった訳であるが、県庁所在地にしかシネコンが存在しな地域が多数を占めてきている状態で、交通費の自己負担まで父兄にお願いして特選映画の鑑賞を企画することは難しい現状がある。

 

 現在TPP 担当の甘利大臣は、議員立法で成立したコンテンツ促進基本法の座長も務められていたが、是非地方の小中学校の子供達に、この移動型デジタルシネマシステムで特選映画を鑑賞できる機会を与えていただければ数千人に一人は映画制作を目指してくれる可能性があると信じている。地方都市のいわゆる箱物のホールや公民館にもプロジェクターとスクリーンは設置されているが、映写時の色温度、投射輝度、画質設定などに関しては全くの成り行き任せとなっているのが現状である。

 

 この移動型デジタルシネマシステムであれば上映時の画質を担保できるとともに、小型の衛星送受信システムを搭載しておけば、非常時の指揮センターとしての機能を持たせることも容易である。レーザー光源
を使用したDLP プロジェクターであれば、省電力とともに放熱の問題も少なく、かつスクリーン輝度の変動もほとんど無くなることから日本のIT 技術を結集した移動型デジタルシネマシステムが登場することを大いに期待している。


 さて、日本ではほとんど報道されていないが、米国HONADA が地道に活動をおこなっていたのがドライブインシアター救済プロジェクトである。デジタルシネマ黎明期には全米で600 スクリーンに達するドライブインシアターが存在していたが、デジタル化のあおりを受けて75,000 ドルの費用が調達できずに消えゆく運命となっていた。この米国HONDA による救済プロジェクトで263 万人の賛同により合計27のドライブインシアターを救済することができている。ただし、113 のドライブインシアターはデジタル費用を調達できる見込みが無く厳しい状況にあると報じられている。

 

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